ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ02 【ボンデージ】

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ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ02

ボンデージ

BONDAGE: BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA


 ジョン・ウィリーが1946年に「ビザール」を創刊させていなかったら、欧米変態カルチャーは今とはかなり異なったものになっていたことだろう。それほどウィリーが開いた変態ワールドの影響力は大きい。59年までに26号まで出版された「ビザール」は、ウィリー自身の「女を拘束する」という性ファンタジーを文章、イラスト、写真などで表現し、読者投稿も交えて毎号紹介していくというものであった。そこでは、ハイヒール、ブーツ、コルセット、さらにはマスク、ラバー、ピアス、タトゥーなどが「ボンデージ」のイメージとオーバーラップしながら独自の世界を作り上げていた。今見ても多彩なウィリーの変態ワールドにあって、当時最初に一般的な人気を得るようになったのは、縛りや拘束具による「ボンデージ」であった。


 「ボンデージ」というと「フェティッシュ」と混同されがちであるが、「フェティッシュ」とは「見る快楽」や「着る快楽」であって、「ボンデージ」とは「拘束(縛り)」のことだ。日本の「縛り」が、緊縛美や「縛ることで女をイカせる」という「技」の世界を追求しているのに対し、欧米の「ボンデージ」は、捕らえた獲物を身動きできなくするように簡単にかつ堅固に拘束することに「機能美」が見い出されている。拉致誘拐された人質が猿ぐつわをかまされ、身動きできなくされているような「息苦しさ」こそが「ボンデージ」ならではのエクスタシーといえるだろう。


 ウィリーが開いた「ボンデージ」の世界は50年代アービング・クロウがベティ・ペイジをモデルにしたボンデージ・ピンナップで大成功することでピークを迎える。ベティは「プレイボーイ」のプレイメイトにもなったことで一気にメジャーな存在となったが、57年に突然失踪。SMプレイの範疇で語られる「ボンデージ」であるが、欧米ではその趣味が嵩じて女性を拉致監禁するなど犯罪にまで展開するケースもある。「女を拘束する」というイメージへの社会的圧力は大きく、60年代にはクロウもピンナップ業界からの撤退を余儀なくされる。アメリカ性解放の時代にあって、暴力的な性表現は厳しく規制されることになったのだ。


 70年代末以降ハーモニー社が雑誌「ボンデージ・ライフ」でボンデージ愛好者のニーズに応じていくが、女性同士のボンデージ・プレイや女性主導型でボンデージを楽しむ姿などが扱われるようになった。ウィリーが求めた「ボンデージ」という性ファンタジーは、「女を拘束したい」という男の妄想ばかりでなく、「縛られたい」という女の被虐願望をも開花させたのだ。90年代にはフェティッシュ流行とともにレトロ・ボンデージとベティ・ペイジの再評価が起り、06年には「ザ・ノートリアス・ベティ・ペイジ」という劇場映画も作られた。「縛られたい」女の子が急増した今、妄想としての「ボンデージ」は実現可能なセックス・プレイの一部へと取り入れられるまでになっているのだ。




※ベティ・ペイジは、1950年代ボンデージのピンナップ・ガールとして人気を得て、「プレイボーイ」のプレイメイトにまでのし上がり、現代のアイコンとなった。


※欧米の「ボンデージ」では、女をうつ伏せに寝かせて後ろ手に縛り、そこに両足を固定して弓形にする縛り方が女の抵抗心を最も効果的に奪い取る点で高く評価されている。


※雑誌メディアにおける「ボンデージ」の登場は、ジョン・ウィリーによる「ビザール」(1946年創刊)だった。ウィリーは「女を拘束する」という性ファンタジーをイラストや漫画で描き、モデルを使って写真に撮って、読者投稿を交えて誌面を作った。50年代「ピンナップ王」と呼ばれたアービング・クロウでピークを迎えた「ボンデージ」は、70年代末以降ハーモニー社の「ボンデージ・ライフ」によって守られている。



ケロッピー前田


1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com



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