ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ08 【ヌーディズム】

000

kata1.jpg

ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ08

ヌーディズム

NUDISM : BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA


「動物たちは裸なのに、なぜ人間だけが服を着ているのだろうか」


 そんな素朴な疑問が、文明社会に疲れた西洋人たちを魅了した時代があった。19世紀に始まる「ヌーディズム(裸体主義)」という考え方は、近代化された生活に対して、より原始的自然的な生き方をしようという人たちに受け入れられ、ヨーロッパの“日光浴”の習慣と結びついて、のちに多くのヌーディストたちを生み出した。


 「ヌーディズム」の源泉は、ギリシア、ローマ時代、スポーツ競技が全裸で行われたことにまで遡るという。そして、社会主義やユートピア思想が国家や社会を変革しようという時代、第一次大戦前後のドイツで興ったのが「自由肉体文化FKK(フライ・ケルパー・クルトゥアー)」であった。美容健康のための体操が「裸体=美」という考えと結びつき、全裸で太陽の光を浴びて体操することがより健康的で美しいとみなされたのだ。FKKは進歩的文化活動として支持を集めていた時期もあったが、ナチス台頭によって衰退を余儀なくされる。しかし、「ヌーディズム」の考えは、フランス、イギリス、アメリカへと飛び火して発展を続けた。


 特に注目すべきは、ヌーディスト雑誌が大きく活躍したアメリカだろう。第二次大戦後までヨーロッパのヌーディスト雑誌を輸入していたアメリカが、本国で専門雑誌を創刊し始めるのが1950年代。控え目ながら初期に健闘したのは「モダン・サンバッシング」、「サンシャイン&ヘルス」と「サン」は、「ヌーディズム」の高い理想のもと、性器無修正の写真掲載で、政府当局との裁判沙汰にまで発展する。しかしその突破口は53年に開かれ、60年にはほぼ解禁状態となった。60年代は、反戦平和主義的な風潮と現代文明批判としての「自然回帰」が全裸生活という究極的行為の実践とシンクロし、「ヌーディズム」の絶頂期であった。この時期に、ヌーディスト村やビーチなどが多く作られ、カウンター・カルチャーやフラワー・ムーブメントを背景に、おおらかな性の解放も進んだのだ。


 しかし、70年代にかけて、ヌーディスト雑誌が牽引していた性器やヘア解禁への流れは、「プレイボーイ」や「ペントハウス」などのグラビア誌の台頭によってその地位を奪われ、性の自由化は「ヌーディズム」を越えてフリーセックスやスワッピングに繋がり、「ヌーディズム」本来のユートピア思想は薄れていった。80年代以降は、レジャーとしての「ヌーディズム」が復興し、「自然」と親しむことに力点が置かれるようになる。


 ネットの時代に入り、人工物に囲まれて暮らす私たちが「自然」と親しもうとしたときに、最も身近な「自然」は私たちの肉体である。広告やメディアに女性の裸が溢れているという現代にあって、生身の裸体を取り戻すための21世紀型「ヌーディズム」もまたその登場が待たれているのかもしれない。




●近代「ヌーディズム」の発祥といわれるのが、第一次大戦前後のドイツで興った「自由肉体文化FKK(フライ・ケルパー・クルトゥアー)」だった。美容健康のための体操が「裸体=美」という考えと結びつき、当時の進歩的文化活動となったのだ。


●ヨーロッパの「ヌーディズム」は、第二次大戦後にアメリカへ渡り、1950年代に「サンシャイン&ヘルス」「サン」「モダン・サンバッシング」などのヌーディスト雑誌が創刊された。ヌーディスト村やビーチなどが多く作られ、60年代に絶頂期を迎える。


●印刷メディアの黎明期において、ヌーディスト雑誌こそが性器やヘア解禁を牽引し、「プレイボーイ」や「ペントハウス」などのグラビア誌がそれに続き、ついにはとって代わった。ヌーディスト雑誌が丸出しの全裸写真ゆえに一般男性にも売れていた時代があった。


●80年代以降、レジャーとしての「ヌーディズム」が復興し、その全盛期を経験してきた世代の子供や孫たちが家族揃って自然の中で全裸生活を楽しむようになった。一方で、フリーセックスやスワッピングの実践が、大人たちのセクシャルな欲求に応じていった。



ケロッピー前田


1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com



400.png