ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ13 【トーチャー・ガーデン】

000

kata1.jpg

ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ13

トーチャー・ガーデン

TORTURE GARDEN : BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA


 「フェティッシュ・パーティ」とは、80年代にラバーやPVC(エナメル)素材のエロティックな衣装が入手可能になったとき、そのような衣装を着るためのパーティとして、イギリスで始まった。その最初のパーティは83年の「スキン・トゥー」、翌年には同名のフェティッシュ専門誌「スキン・トゥー」が創刊され、ラバー・クローズの販売にまで手を広げた。その勢いは80年代末には日本にも及び、「ボンデージ・ファッション」の名でフェティッシュ・ファッションが紹介されるほどになった。しかし、現在、「スキン・トゥー」主催のイベントは、「ラバー・ボール」が年1回のみのお祭りとして残るのみで、90年以降のフェティッシュ・シーンを実質的に牽引してきたのは、デイビッド&アランが主催する「トーチャー・ガーデン」であった。


 「トーチャー・ガーデン」は、フェティッシュ・ファッションとクラブ・カルチャーを融合させ、若い世代の性の冒険者たちを多く招き入れることに成功した。会場内は、いくつかの空間に分けられ、先進的なダンス・ミュージックを追求するダンス・フロア、流血パフォーマンスなどを披露するショー・ステージ、そして「ダンジョン」と呼ばれるSMプレイを実践できるフロアまで設けられている。着る楽しみ、踊る楽しみ、観る楽しみ、そして、愛好者同士の交流の場として、「フェティッシュ・パーティ」というスタイルが確立されたのだ。


 「フェティッシュ・パーティ」の特徴に、「ドレス・コード(服装規約)」がある。「スキン・トゥー」では、主にラバーやPVC(エナメル)素材の衣装が参加の条件となっていたが、「トーチャー・ガーデン」では、普段着とは違う何か特別な装いを工夫すると
いう自由度の高い条件となった。そのため、タトゥー&ピアスなどのボディ・アートや、ゴス、サイバーファッション、コスプレなども含まれることになった。「トーチャー・ガーデン」は、ロンドンで月例レギュラー・パーティとして定着し、90年代半ばからはヨーロッパ全土、アメリカにも進出、そして01年から日本上陸版「トーチャー・ガーデン・ジャパン」も開催されるようになった。


 日本で「フェティッシュ・パーティ」というと、エロティックなイメージが先行してしまうが、エッジなエロティシズムは、時としてアートになり、時としてカルチャーとなり、時として人々に来るべき世界を垣間見せてくれるものなのだ。そして、その最も進化
した形「トーチャー・ガーデン」は、リアルな性の実験場として、若い世代の愛好者たちを魅了し続けている。



●「トーチャー・ガーデン」写真集は、90年代にクリエーション・ブックスのミリオン・セラーとなった。また、その第二弾「ボディ・プルーヴ」は、身体改造、サイボーグ・コンセプトにまで踏み込み、未来のフェティシズムに挑んでいる。


●ロンドンの本家「トーチャー・ガーデン」は、月例レギュラーの「フェティッシュ・パーティ」として定着している。主催者であるデイビッド&アランがDJを務め、ダンスフロアー、ショーステージの他に「ダンジョン」と呼ばれるSMプレイ・フロアもある。


●01年に始まる「トーチャー・ガーデン・ジャパン」は、日本に「ドレス・コード」ありの「フェティッシュ・パーティ」を定着させた。また、海外トップ・パフォーマーを招き、流血ボディ・アート・ショーでは、本家をしのぐほどというから驚きだ。


ケロッピー前田


1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com



400.png