ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ36 【ポルノグラフィー】

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ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ36

ポルノグラフィー

PORNOGRAPHY: BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA

 それが欲情の対象となるような「わいせつ表現」であるなら、文学、絵画、写真、映画、ネットコンテンツまで何でも「ポルノグラフィー」という呼ぶことができる。さて、その背景を少し時代を遡って見てみよう。


 人類の歴史において、戦争が性のあり方に大きな影響を及ぼしてきたことは幾度もあるが、20世紀前半の2つの世界大戦は、性についても大きな変化のきっかけとなってきた。


 第一次大戦(1914年~1918年)において、注目すべき点は、ピンナップの普及と写真を用いたマスターベーションへの開眼だろう。また、第二次大戦(1939年~1945年)は、さらに過酷な世界戦争となり、「モラル(道徳)よりもモラール(士気)が優先される」といわれたほど。ほとんどの若い男たちが戦場に取られ状況下で、若い女たちも性に積極的にならざる得なくなり、婚姻率や出生率も急上昇したという。二つの大戦を経た性行動の激変を世間に強く印象づけたのが、悪名高き『キンゼイ・レポート』である。


 1948年に発表された『キンゼイ・レポート』は、キンゼイ博士が15年をかけて、社会のあらゆる階級の男女1万7千人以上に性行動に関する面接調査を行った結果をまとめたもの。そこで語られるのは、性に大らかになった女たちの姿であり、性をもっとオープンに語ってもいいという時代の気運であった。雑誌『プレイボーイ』の創始者ヒュー・ヘフナーは、学生時代に『キンゼイ・レポート』を読み、来るべき時代を悟ったという。しかし、欧米では、70年代の「ポルノ解禁」を経て、“ポルノ”は政府の法律規制の中で守られた“性ビジネス”になっていく。毒抜きされた『プレイボーイ』に、果敢に挑み続けたのは、74年創刊の『ハスラー』だった。局部にこだわるばかりでなく、肛門、巨根、デブ、体液などを盛り込んで世間のモラルを逆なでしてみせた。そんなお下劣な「ポルノフラフィー」も雑誌としての一時代を築くと、今ではネットコンテンツ(hustler.com)となって、「わいせつ表現」を追求している。


 「ポルノグラフィー」の面白さは、時代のニーズに合わせ、柔軟に変容しながらも生き続けているところにある。改めて、「エロ心」とでも訳してみるか。




●人間の想像力は、あらゆるものにエロティシズムを発見する。そのことが生身の女を離れて、発情の対象は文学から写真へ、映画からビデオ、さらにネットへと変貌を遂げてきた。


●「ポルノグラフィー」が面白いのは、時代とともに進歩するメディアの形式に合わせて変容し、男たちの性欲の捌け口として、社会に求められる“ひとつの産業”となってきたことである。


●欧米では、70年代にポルノが解禁されたためにカウンター・カルチャーとなり得なかった。それでも、名物社長ラリー・フリントが率いた雑誌『ハスラー』は、モラルに挑む過激な誌面作りで一斉を風靡した。




ケロッピー前田


1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com



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