エロ年代の想像力 第十二回

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エロ年代の想像力

#12 『 BLOOD ROYAL -ブラッドロイヤル- 』

アニメルカ出張版



 止め絵と目線アップの多用。鮮烈なコントラストと特徴的なレイアウト。虚構的な空間設計。お馴染みのステンドグラス。極めつけは蛸足触手プレイの最中に幾度も挿入される、浮世絵風のカット。


 今回取り上げる『ブラッドロイヤル』は他の南澤作品と同様に、アニメファンならば既視感を覚えるであろう、新房節全開の画面が終始展開されている(シャフ度もあるよ)。


 そんな本作の映像表現を、新房演出の文脈に沿って論じるのは容易だ。しかし今回はあえて、いや必然的に物語について論じよう。本作のストーリーは南澤作品の中においても特にエッジが利いており、同時に「ヒロイン調教もの」というジャンル史においても、非常に重要な作品として位置付けることができるだろう。



『BLOOD ROYAL -ブラッドロイヤル-』
(監督:南澤十八、製作:ディスカバリー、全2巻、2002年)




 緊縛。SM。食糞。百合。木馬攻め。蛸足触手プレイ。こうしてシチュエーションを羅列するだけでもお腹いっぱいだが、本作において重要なのはこのような表面的な要素より、対照的な二人のヒロインの関係性である。


 この手のジャンルの作品はヒロインを暴力的に征服することで視聴者のマチズモを充足させる目的が強いため、決まって陵辱や調教に反抗する、強気な性格のヒロインが重用される。本作のヒロインの片割れの、ミルテはまさにその典型例である。


 しかしもう一人のヒロインの咲夜は極めて異質な存在だ。ミルテが王女というプライドに寄り添って主人公・キャプテンの調教を拒むのに対して、咲夜はミルテと同様に某国の王女でありながら初期段階から進んで調教を受け、性奴隷として生きることを自発的に選択する。


 咲夜が調教生活の中に幸せを見出す一方で、ミルテは後編の中盤までキャプテンに放置され続け、「なぜ彼は私を犯さないのか」と陵辱されない側のヒロインが苦悩するという、奇妙な逆転関係が描かれる。


 ここで二人のヒロインの対照性と、本作の主題が鮮明になっている。それは社会や他者という外部的存在によって物語が根拠付けない世界においてどう生きるか、という態度である。


 劣悪な状況下で自ら幸福を掴み取ろうとする咲夜を見て、ミルテは自身がかつて王女であったという、失われた物語にこだわる空虚さに気付き、自身の手の届く範囲に内在する幸福を求めて積極的なコミットを選択=決断する。そうすることで、ようやくキャプテンはミルテに触れる。


 つまり本作における視聴者=プレイヤーの分身とはキャプテンではなく二人のヒロインであり、キャプテンは彼女たちを導く存在として描かれているのだ。なんて奇形的な調教作品だ……。



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BLOOD ROYAL Princess.1 咲夜




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BLOOD ROYAL Princess.2 ミルテ


  以上0721文字。


 実は筆者は南澤作品で本作ただ一本作だけが未視聴であり、今回レビューの執筆にあたって初めて視聴したのだが、新房演出をチェックするつもりで軽い気持ちで見始めたら何かとんでもないものを食らせわせられてしまった、という印象である。物語と映像表現の双方において、本作はエロアニメ史に残る傑作と言っても過言ではないだろう。


 さて、次回はみんなお待ちかねの『清純看護学院』だよ!



PROFILE
杉田u(@sugita_u
思想恥部シリーズ『エロ年代の想像力』企画協力。またアニメ批評同人誌『アニメルカ vol.1』に四コマ原作アニメ論を、『アニメルカ vol.3』に『けいおん!』論を寄稿。
『エロ年代の想像力』のほうは現在、ジュンク堂 新宿店、MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店、COMIC ZIN、タコシェ、および通信販売で好評発売中。
ブログ:ばべのれ
『アニメルカ』オフィシャルサイト
反=アニメ批評



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