エロ年代の想像力 第二十三回

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エロ年代の想像力

#23  『Tentacle and Witches』

アニメルカ出張版



 日本における「触手もの」の起源は1820年頃に葛飾北斎が艶本に描いた『蛸と海女』だと言われているが、まさにその蛸の足のように、触手と魔法少女は切っても切れない関係にある。そして今年、その触手史に新たな歴史が書き加えられた。


『Tentacle and Witches』
(監督:海道司、製作:オズインク、既刊2巻、2011年)



 サブタイトルが示すように、本作は一言で説明すれば「触手擬人化もの」である。


 主人公の橘一郎が担任教師で魔女の森乃由子の修行の様子を盗み見ていると、そこへもう一人の魔女・リリーが現れ、一郎はそのリリーの魔法の失敗によって魔物(触手人間)へと変えられてしまう。由子は魔物は魔力を糧に生きると説明し、魔力の供給のために由子とリリーは自ら進んで触手化した一郎とセックスに及ぶ。


 この構図は極めてアクロバティックだ。というのも触手とはそもそも非人間的な、無機質なものであり、そしてその「冷たさ」に触れるヒロインの感情の機微に趣があるからだ。よって自律/操作を問わず、触手プレイはほぼ例外なく強姦である。


 そしてそれは視聴者との同一化を拒む。触手プレイの特徴の一つは咥内、乳房、膣内、肛門などを同時に犯す点だが、一個人が現実にこれを真似するのは(何か特別な方法を用いない限り)不可能だ。


 しかし本作では触手に人格を宿らせる事によって、触手との和姦という本来ありえない奇跡が展開される。触手化の魔法をかける直前、リリーは「まさかお前、魔法少女なのか?!」という一郎の問いを「魔女よ!」と否定する。リリーは年齢的には少女であり、ストーリー上においても魔法少女であったとしてもなんら不都合はない。にもかかわらずリリーは魔女を名乗る。なぜか。エロアニメにおける魔法少女とは触手に凌辱され続ける事でその存在を保つ――「輪姦の理」に囚われた存在であるからだ。そしてリリーはそれに該当しない。


 既述したように「触手」というジャンルの醍醐味はそもそも非人間性、無機質性にある。しかしその常識に囚われぬ挑戦によって、本作は二百年に近くにも渡る触手史に新たな一頁を書き記したのである。




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Tentacle and Witches~第1話 俺、触手になりました~ [DVD]



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 以上0721文字。付け加えると、触手プレイにはもう一つ大きな特徴と魅力がある。それは『蛸と海女』も描いていたような、触手に対する嫌悪が快楽に反転するという感情の相転移だ。


 本作は性交渉前の時点でヒロインが触手に拒否感を持っていないため、この感情の相転移が存在しない。しかし見逃してはならないのが、そのような感情の反転がリリーのツンデレによって代行されている点だろう。言わば彼女は触手を受け入れる事によって、魔法少女が囚われている「輪姦の理」を脱しているのである。



PROFILE
杉田u(@sugita_u
思想恥部シリーズ『エロ年代の想像力』企画協力。またアニメ批評同人誌『アニメルカ vol.1』に四コマ原作アニメ論を、『アニメルカ vol.3』に『けいおん!』論、『アニメルカ Vol.4』に『フラクタル』論他を寄稿。
『エロ年代の想像力』のほうは現在、ジュンク堂 新宿店、MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店、COMIC ZIN、タコシェ、および通信販売で好評発売中。
冬コミ参加情報→「アニメルカ製作委員会」31日土曜日 東地区 "Q" ブロック 30b
ブログ:ばべのれ
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反=アニメ批評



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