カイザー雪 —コイトゥス再考— レズビアンカルチャーのビジビリティ

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Photo by Shawn Tamaribuchi



コイトゥス再考 #21

カイザー雪 前編 (レズビアン&クィアカルチャーWebマガジン『TokyoWrestling』編集長)

レズビアンカルチャーのビジビリティ

取材・文/辻陽介


シンシア・ニクソンのニュースを目にしたのは、まさにこの記事の構成に取り掛かろうとしている時だった。

「レズビアンでいることは、自ら選んだ道である」

シンシア・ニクソンといえば映画『セックス・アンド・ザ・シティ』のミランダ役として、またレズビアンであることをカミングアウトしている表現者の一人として知られるアメリカ合衆国出身の女優。上記したのは先月19日のNYタイムスによるインタビューに対して彼女がおこなった発言なのだが、この発言が現在、アメリカのLGBTコミュニティーの間で大きな波紋を呼んでいるというのだ。

シンシアの発言、またそれを巡る議論について、当事者でない筆者としては、今のところ特に何も言うべきことを持たない…、などと言えば、賢しらを気取っているようだが、正直なところ、そもそも著名人が「レズビアン」であることを公称しているということさえほとんど聞かないこの国で生まれ育った筆者には、それについて即座にリアクションするだけの準備がない。レズビアンについて、きちんと思考するための文脈を、筆者は持っていない。

確かに日本においても近年は、マスメディアを席巻したオネエブームも手伝い、男性のゲイ及びゲイカルチャーの存在は、充分にとまでは言わぬものの、一般の人々にとってかなりビジブル(可視的)なものとなった。だが、ゲイカルチャー隆盛の一方、レズビアンの存在はいまだ不透明なまま、当事者外の人間にとってリアリティを伴った実像を結んでいない。シンシア・ニクソンのニュースについても、飽くまでも「海外の一風変わったニュース」という印象を出ないし、「レズビアン」が大きなトピックスとなること自体が稀、いやほぼ皆無な日本の現状においては、それを自分にとって身近な問題として認識することは困難だ。

ではなぜこの国においてはレズビアンの存在がいまだかように不可視であるのか。

コイトゥス再考#21、「レズビアン」をテーマとする今回は、日本初のレズビアン&クィアカルチャーWebマガジン『Tokyo Wrestling』の編集長であるカイザー雪氏をお招きし、レズビアン及びレズビアンカルチャーのビジビリティ、そして今後の発展可能性について、お話を伺った。



(2012年1月/東京某所)



—カイザーさんは日本初のレズビアン&クィアカルチャーWebマガジンである『TokyoWrestling』(以下、『TW』)の発起人であり、また編集長を勤められているわけですが、本日はカイザーさんにレズビアン及びレズビアンカルチャーのビジビリティ(可視性)、また今後のレズビアンカルチャーの発展というのをテーマに、「BOI」など新しい概念を交えつつ、お話をお聞きしていきたいと思っております。よろしくお願いします。

カイザー よろしくお願いします。

―では本題に入る前にまずカイザーさんのキャリアについて、ことに『TW』が創刊されるに至った経緯について少しお聞かせ頂けますでしょうか?

カイザー はい。まず、私はもともとスイスに生まれて、スイスで育ったんです。日本に来たのは27歳の時で大学院へ留学するためでした。当初は2年間の留学後、スイスに帰る予定だったんですが、在学中にイタリアのファッションブランドから仕事のオファーがあり、そのチャンスを活かしたいと思い、大学院を辞めてエリアマネージャーとしてそこに勤めたんです。ただ、そこでの仕事をしながらも『TW』を始めたいと思いが徐々に強くなり、3年間でそこを辞め、その一年後の2007年に『TW』をオンラインで始めました。現在はファッションPRの仕事を本業に、『TW』では自分の好きなことをやっています。

―そもそも、なぜ『TW』を作りたいと思ったんですか?

カイザー もともと文章を書くことは好きだったんですね。大学では文学部に所属していましたし、大学院では博士過程をとっていました。具体的な動機としては、創刊以前当時に付き合っていた子がフォトグラファーで、その子とアメリカへレズビアンカルチャーの取材に行って、雑誌用に記事を書いたんです。ただ、やっぱりメインストリームの雑誌の場合はレズビアントピックであるというだけで出版社に持ち込んでもNGを出される場合が多かったんです。その時はまだ『Lの世界』が日本では殆ど知られていなかったですし、理解もありませんでしたから。「誰もレズビアンに興味ないんだよ」って言われたこともあります。また、書かしてもらえたとしても、掲載にあたっては結構内容がカットされる場合が多かったんです。当事者とは求めている視点がちょっと違うというのもありましたし、レズビアンについて自分が思うような形で載せるというのは難しい状況でした。

―そこでセルフメディアを作ろう、と?

カイザー そうです。またちょうどその頃、海外でレズビアンカルチャーがどんどんと盛り上がり始めていたんですね。アメリカでは2004年に『Lの世界』が出て、一気にレズビアンシーンがヒートアップして、自分も非常に強く刺激を受けていたんです。ただ一方で、一部のレズビアン雑誌には「ちょっと物足りないな」と感じるものが多かった。セクシュアリティだけを取り上げていたからかもしれませんが、私が当事者じゃなかったら多分読まないだろうな、と。でもなかには、セクシュアリティのみに焦点を当てるのではない、レズビアン独自のカルチャーをかっこよく発信している雑誌もあって、そこに触発されたんです。自分自身、セクシュアリティにも興味はあるけれど、それだけじゃない、凛々しくてタフなレズビアン像、レズビアンスタイルというものが見たいという気持ちがありましたので。当時日本ではそういうメディアがなかったので、単純に作ってみよう、と。

―ウェブマガジンという形式は当初から決まっていたんですか?

カイザー 最初は紙の雑誌で季刊誌にしたいと思っていました。ただ、コスト等について考えるとウェブの方が手っ取り早く作れるかなと思い、それでウェブマガジンというスタイルを採ったんですが、結果的にウェブで良かったなと思っています。というのはウェブの場合、読みたいという意志がなくても読んでしまう場合があるんですよね。紙のレズビアン雑誌であったら他のセクシュアリティの方には殆ど読んでもらえなかったと思うんです。当事者以外の人がわざわざ書店に行って買うというのはあまり想像できないですから。ウェブであれば、ほんのちょっと興味を持ってもらえれば読んでもらえる分、レズビアンについて肯定的なイメージや情報をより多くの方に伝えられるんです。ただ当初より、『TW』の紙バージョンもたまに出したいと思っていたので、『Tokyo BOIS!』でまさにその夢が叶いました。

―ちなみに『TW』という名前の由来は?

カイザー 最初から、いわゆる分かりやすい「レズビアン~」みたいなものではなく、ぱっと見、意味は掴みづらいけれど、タフさ、凛々しさが潜在的に伝わるような、インパクトのある名前にしたいなという思いがありました。また日本ベースのメディアとして海外にも発信していきたかったので、そういうことも考えていました。ちょうどその頃、ロスでかっこいいアンダーグランドなレズビアンイベントに行って、基本はクラブパーティーなんですが、その中にアマチュアレスリングのコンテストがあったんです。それがすごく面白くて! レスリングってタフなイメージもあるし、レズビアンモチーフのひとつでもあるので。実際その後、『Lの世界』のシーズン5にも、オイルレスリングのシーンがあったので、やっぱりレスリングにして間違いなかったなと思いました(笑)。

―なるほど(笑)。ところで、ウェブ上で創刊した当初のリアクションというのはいかがでした?

カイザー 海外からはすぐに興味を持ってもらえたのですが、国内では最初の半年間はそれほどの反応はなかったですね。元からレズビアンカルチャーに興味を持っていたようなコアな人達はすぐに『TW』を見つけてくれて、「まさにこんなのを待っていた!」といったメッセージを送って頂いたりしたんですけれど、当時の日本の空気としてはまだ当事者においてもレズビアンカルチャーにそんなに興味を持っている人が少なかったというのが印象でした。

―反応が大きくなってきたのはいつ頃からですか?

カイザー 創刊翌年の2月に『Lの世界』が日本で大々的に出たことが大きかったですね。同ドラマのベット役、ジェニファー・ビールスがプロモーションで来日して、TWが彼女を二丁目のレズビアンバーに案内する企画をFOXと実施してから、一気にレズビアンカルチャーが盛り上がったんです。もともと私は日本では『Lの世界』はDVDではリリースされないだろうと思っていたんです。なぜかというと、TW創刊以前にファッション誌『Marie Claire』で『Lの世界』についての特集記事を書いたことがあって、それが日本で『Lの世界』を大きく取り上げた最初の記事だったんですけれど、その時点では早過ぎたなという印象でした。DVD販売会社の関係者の方も、「日本では、『Lの世界』はビジネスにならないから、リリースの予定はない」と言っていましたし。「レズビアンカルチャーが一体なんのことなのか」が分かってもらえなかった。

ただ、日本で『Lの世界』が出たことでレズビアンカルチャーに対する認識、理解が一挙に広まって、すごく興味を持ってもらえるようになったんです。それまではレズビアンカルチャーって言ったところで好き嫌い云々ではなく、ピンと来ない人がほとんどで、カルチャーというより、ポルノであったりセックスにフォーカスを当てたものという認識しかなかった。うちの母にレズビアンカルチャーのサイトを立ち上げることを伝えたとき、てっきりポルノサイトを立ち上げると思われて、「お願いだから止めて!」って言われたほどです(笑)。『Lの世界』が出てからは一般の人にもなんとなくイメージが掴めるようになってきて、分かりやすく言えば、電話などで取材依頼をする時も「『Lの世界』などを取り上げているマガジンです」っていうと話が早い(笑)。だからそういう意味でも『Lの世界』の存在は大きかったですね。漠然としていたものがやっと目に見える形になったんです。

―『Lの世界』のインパクトは、海外においても同様に大きなものだったんでしょうか?

カイザー 1つのランドマークになっていますね。ただ、ランドマークがいきなりぽっと出てきたというのは違って、それこそ『Lの世界』の前には『クィア・アズ・フォーク』があり、またそれ以外でもメジャーなテレビドラマなどでゲイやレズビアンの肯定的な脇役の登場量が徐々に増えてきていたりとか、そういう流れ、土台があった上で、漸く『Lの世界』ができたんです。アメリカにおいてさえも『Lの世界』が出る2年前の時点でその企画が出された時には「ありえない」という反応だったとクリエーター・プロデューサーのアイリーン・チェイケンから聞いています。

―急速に状況が変化しているということでしょうか。ところで『Lの世界』以前のレズビアンカルチャーについてはどのような印象をお持ちですか?

カイザー 日本にも、「アニース」や「Carmilla」などレズビアン関連媒体は結構前からありましたが、『TW』を始めた頃には、休刊していました。またコンセプトもTWとは少し違っていて、レズビアンカルチャーやクィアカルチャーというよりも、女性が好きな女性にフォーカスが当たっている。また、去年20周年をむかえた東京国際レズビアン&ゲイ映画祭などにおいてレズビアン映画が上映されたりと、レズビアンカルチャー自体が発信されていなかったわけではもちろんないんですね。竹内佐千子さんの、レズビアンのストーリーを描いたマンガ『ハニー&ハニー』も大人気でしたし。全くなかったわけではないけど、とはいえ、比較的そんなに多くはなかったんですね。

―『Lの世界』以降、それが徐々に拡大しつつある、と?

カイザー そうですね。ただ現在でも海外と比較して少ない気はします。


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『Tokyo BOIS!』
(著)カイザー雪/戸崎美和




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