カイザー雪 —コイトゥス再考— レズビアンカルチャーのビジビリティ 後編

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コイトゥス再考 #22

カイザー雪 後編 (レズビアン&クィアカルチャーWebマガジン『TokyoWrestling』編集長)

レズビアンカルチャーのビジビリティ

取材・文/辻陽介

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―昨年、カイザーさんは写真家の戸﨑美和さんと共に『Tokyo BOIS!』(飛鳥新社)というボーイッシュなレズビアンやFTMなどを被写体とした写真集を出版されましたが、ここからはそのタイトルにもなった「BOI」という言葉について少しお聞きしていきたいと思います。まず、この「BOI」という概念はそもそもアメリカから?

カイザー 私が最初に「BOI」という言葉を目にしたのがアメリカのビアンの雑誌で、そこに出ていたレズビアンファッションのデザイナーがこの言葉を使っていたんです。中性的な子がボーイッシュなファッションを纏っていて、その洋服に「BOI」と描いてあった。そのデザイナーは『Lの世界』に洋服を提供している人でもあったんですが、その後、私も彼女にインタビューをして、「BOIってどういう意味なの?」 とあらためて彼女に聞いたんです。彼女いわく、見た目が男の子みたいなレズビアンを、男の子として生まれた「BOY」と区別するために、「BOI」と呼ぶんだ、と。もともと、ボーイッシュなレズビアンのことをアメリカではブッチと呼ぶんですけど、その呼称は最近「古い」と感じている人もいて、その点、BOIという呼称は新しいしおしゃれで肯定的な感じも漂う。要するに、レズビアン用語の1つなんですね。

また、これは私も感じていることですが、例えば、ボーイッシュ度の強いレズビアンとFTMの方との境目って曖昧なときがあるんです。「ここからがFTMで、ここからがレズビアン」というようにはっきり境界線があるのではなく、はっきりした人もいれば、その間にはグレーゾーンもあると捉えているんです。当事者の間でも、一時期はFTMとしての認識があって、その後レズビアンのアイデンティティになったり、その逆もあったりしますし、人それぞれです。セクシュアリティに関しての捉え方は本当に多種多様で、例えば他のレズビアンにインタビューをしたら、また他のことを発言するかもしれないので、一言では括れないと思います。それもセクシュアリティの魅力の一つ。

海外ではフェミニンなレズビアンしか受け入れないレズビアンカルチャーもあるし、一方アンダーグラウンドではレズビアンとFTMが一緒に遊んだり交流することもある。私個人は後者のカルチャーも好きですね。FTMのなかに、思春期まで女性として教育を受けたり社会に女性として扱われたり、女性の体をもつ経験があるので、女性やレズビアンと分かり合えるところがあると感じている方もいます。私の彼女も、FTMに若干近いBOIなのですが、まさにそのグレーゾーンにいて、レズビアンともFTMとも共通点がたくさんあって両方と仲が良いんです。本人は女性との認識ですが、よく男性に間違われて、「彼女」、「彼」とどちらで呼ばれても構わないというスタンスなんです。そういうことも踏まえて、当初の、レズビアンに限定した定義のBOIを、『TW』では、「女性として生まれて、男の子に見える人達」と、グレーゾーンも含んだ定義に広げたんです。その方がしっくりくるんです。

―「しっくり」と言いますと?

カイザー LGBTと言っても、LとGの間や、LとBの間、GとBの間、LとTの間にも無限のバリエーションがあるということを、TWをやっている内により実感したんです。例えば呼称にしても、トランスジェンダーとトランスセクシュアルですでに意味が違うし、さらにはジェンダークィアという言葉もある。こうなると、本当にややこしいし(笑)、人によってもまた変わるし、いちいち決めたくない人も大勢いる。だから「BOI」という言葉だと、グレーゾーンも含むし、選ばなくてもいいから、当事者にとっても楽な場合があるんです。

―言葉があるというのはやはり大きいですか?

カイザー 大きいと思います。この言葉について、フォトグラファーの戸﨑さんと『Tokyo BOIS!』の企画が出来る1年ほど前に話していたんですが、彼女は「BOI」という言葉にピンときて、インスパイアされたと言ってくれたんですね。それまでは、例えば「おなべ」という言葉がありましたけれど、あまり響きが良くないというか、どこか偏見も交えているように感じられるし、少し古いというか、薄暗いイメージもあると感じています。その点、「BOI」だと何より新鮮だし、言葉自体にジャッジがまったくないし、さらに選択肢が無限。当事者がそのセクシュアリティを受け入れている雰囲気も伝わりやすいですし。BOIたちは、「男」をとくに意識しているわけでもなくて、自分たちなりのファッションやスタイルを貫いた結果、男の子に見える感じなので、私はその自然体にも惹かれるんです。戸﨑さんも私と同様、レズビアンとトランスが必ずしも両極端でなくてもいいというスタンスだったので、「BOI」という言葉に賛同頂き『Tokyo BOIS!』の企画が生まれたんです。

―『Tokyo BOIS!』を読ませて頂いて、もちろんスナップの方も非常に刺激的だったのですが、何より瞠目したのは写真と同時に収録されている当事者の方々のインタビューだったんですね。「BOI」という1つの括りのなかでも本当にセクシュアリティや欲望というのは多様で、良い意味で一緒くたにすることができない。細分化しようと思えばいくらでも細分化できてしまうと思ったんです。

カイザー 『Tokyo BOIS!』に載っている子たちのインタビューなどでもわかるように、FTMにせよ、レズビアンにせよ、ワンタイプではないんですよね。ちなみに、ストレートの方もワンタイプではないですしね! 経験してきたこともそれぞれ違えば、セクシュアリティも似ているように見えても微妙に異なっていたりする。まったく男性と付き合ったことがないというレズビアンもいれば、以前は男性と付き合っていてそれなりに恋愛をしてきたレズビアンもいるんです。ただ、だからといって後者のような人達がバイセクシュアルというアイデンティティを持っているとは限らない。もちろん、バイセクシュアルという方もたくさんいますが。グレーゾーンは無数にあっていいと思う。

例えばレズビアンとFTMのカップルも結構いますが、その場合、FTMは男性だから、その人と付き合うということは、レズビアンではないということも言われます。中には、FTMの方に失礼だからFTMと付き合うレズビアンはバイセクシュアルを自称しなければいけないという意見もあります。その視点も一理あると思いますが、その一方で、自分のセクシュアリティはレズビアンでも、時にはその枠からはみ出ることもある、基本的には女の子が好きだけど、一度だけ男性を好きになることもあり得るし、別にあってもいいという見方もあります。例えば、ストレートの女の子がレズビアンと恋愛を一度しても、アイデンティティはストレート、って言われるのと同様に。レズビアンという言葉の定義は様々ですが、あまり厳密に狭義に定義してしまうと、グレーゾーンの部分が排除されてしまったりする。だからこそ、「BOI」のような無数のグレーゾーンを包摂する言葉を打ち出すことで、もっとバリエーション豊富な実際のセクシュアリティに近くて、視野が広がるんじゃないかなと考えています。当事者にとっても、白黒はっきり決めなくてもいいから、楽なのではないでしょうか。

以前、漫画家・竹内佐千子さんをインタビューした時に、『ハニー&ハニー』(メディアファクトリー)を書き始めた頃は女性としか付き合ったことがなかったとおっしゃっていたんですね。『ハニー&ハニー』は竹内さん自身のストーリーなのですけど、その後、付き合っていた女の子と別れて、その次に付き合ったのがFTMの方だったんです。その恋愛ストーリーもコミックエッセー『男になりタイ! 私の彼氏は元オンナ』(メディアファクトリー)に書き下ろしていて、作品もがらりと変わって違う面白さが加わってとても気に入っているんです。竹内さんはマンガの中や、当時のTWのインタビューでも、「私はずっとレズビアンだった。ただ今はFTMと付き合っている。だけど、自分はレズビアンだと今も感じている」というようなことを言っていて、私もそれはそれでいいと思うんです。要は、周りが決めることではなくて、本人の自覚しているアイデンティティでいいんじゃないですかね。

―レズビアンという言葉が単純に「女性が好きな女性」というセクシュアリティ、具体的な性対象についての属性に収斂されるのではない、1つのライフスタイルを含んだ言葉としてある、ということでしょうか?

カイザー そうかもしれませんが、ライフスタイルも含むかどうかは、使っている人にもまたよると思います。その一方で、「レズビアン」という言葉を嫌っている人もなかにはいます。「レズビアン」という言葉にはポルノ的なイメージを含む場合もある。そういうこともあって、「ビアン」という言葉のほうを好む人もいますし、何となく生々しいニュアンスがあると感じていて、海外でも「レズビアン」という言葉より「ゲイ」という言葉を自分に対して使う人も多いですしね。また、最近では「クィア」という言葉がアメリカの都市でよく使われています。アメリカでは地域ごとにまた違っていて、例えばサンフランシスコでは特に「クィア」という言葉が使用されていて、「レズビアン」という言葉に抵抗を感じる人が多い傾向にあります。レズビアンと言うと「女性らしい女性が女性らしい女性とだけ付き合う」という、セクシュアリティだけを意味しているようなイメージがあって、それだとすごく窮屈に感じてしまう人もいる。また、「クィア」には、政治的な主張やライフスタイル、カルチャーのニュアンスも含まれているので、とくに都市では、同言葉を好む人の方が多いですね。 

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『Tokyo BOIS!』
(著)カイザー雪/戸崎美和




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