ルーカス・スピラ INTERVIEW

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フランス人・身体改造アーティスト

ルーカス・スピラ

ボディ・ハックティヴィズムという理念

文/辻陽介 取材協力/ケロッピー前田


我々は自分の身体に対して真に自由であると言えるか?

この素朴な問いに対し、ルーカス・スピラ氏は、敢然と「ノン(否)」を叩き付ける。

医療用メスを用い人間の身体に図柄を刻み込む「カッティング」のトップ・アーティストであり、身体を改造するという行為の理念化とも云うべき「ボディ・ハックティヴィズム」の提唱者。スピラ氏は言う。

「我々が自由と感じているものは箱の中の自由に過ぎない」

己の身体に対する真の自由とは何か。「ボディ」+「ハッキング」+「アクティヴィズム」の合成からなる「ボディ・ハックティヴィズム」とは、その問いに対する一つの回答であり、同時にそこで定義された自由の獲得を目指す極めて実践的な試みである。

ともすれば「過分にSF的」とも評されかねないこの造語ではあるが、ARやBMI、またネット技術などの急速な発展に伴い、昨今、にわかに現実味を帯びてきている。もちろん、ボディ・ハックティヴィズムとは、単純な技術論に留まらぬ一つの哲学的な理念であり、我々が自明として看過してきた偏った身体観に対する警鐘としての側面からも評価されるべきであるのだが、それが照射する近未来のヴィジョンは、物理的、視覚的にも、極めて刺激的だ。

一体、ルーカス・スピラ氏とはどのような人物なのか。そして、ボディ・ハックティヴィズムの最前線とは?

我々取材班は6月初頭、来日中のスピラ氏のカッティング施術現場を訪れ、氏に話を聞いた。



(最下部に氏によるカッティング施術映像があります)


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(カッティング施術中のスピラ氏)


—ルーカス・スピラさんは母国フランスを拠点としつつも、世界各地で身体改造アーティストとしての活動を行われているわけですが、ここではまず、あらためてルーカスさんが行っている活動の内容、そしてルーカスさんが提唱されている「ボディ・ハックティヴィズム」という理念についてお聞きしたいと思います。



私は身体改造アーティストとして人間の身体を用いて色々なことをしています。端的には、それは「人間の身体を変える」ということですが、現在はそればかりではなく、大きなアートのプロジェクトも行っています。


ルーツとして、私は20年前、絵画芸術を行っていました。その後、写真、文章など様々な表現手段を試み、やがて人間の身体というものを一つのメディアとする表現を始めたんです。身体は表現のメディアとして非常に特別です。まず人々は身体に強い興味がある。それゆえ、人間の身体の形、見た目を変えるという行為は、強く人々の感心を引くものでした。


また私は、それはギャラリーに絵を飾ることよりも面白い、と考えています。ギャラリーにおける展示は、非常に閉じられた空間内での表現であり、そこに来た人々にしか接触することがない。しかし、身体をメディアとして扱い、肌に直接的に絵を刻むことで、アートはギャラリーから外へと解放される。私はこれにより表現がよりポリティカルなものになると考えています。社会の中で、身体をメディアとして使うことそのものに大きな意味があるんです。


私が最初に身体をメディアとするアートを始めたのは15年から20年前ですが、身体を改造するという行為はそれを見る人に非常に大きなショックを与えました。それはなぜかというと、根底にあるのはキリスト教的な身体観です。「身体における完全とはなにか」という問題について、キリスト教には「我々は完全な形で産まれているのだから、そこに手を加えるのはよくない」という考えがあるんです。ここで問題となるのは「ノーマルとは何か」ということ。例えば美容整形というものは、ある一つの「これこそが完全である」というスタンダードに身体を合わせることであり、それゆえに受け入れられます。一方、身体改造は、その美意識から外れていくものであるから、社会的には抵抗されるのです。





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ノーマルからいかに外れていくかは社会的な問題です。現在の自由とは、飽くまでもある箱の中での自由に過ぎません。しかし、真の自由とは、リアリティを束縛するいかなるものも、永続的に現実をコントロールすることはできないということです。


我々をコントロールしようとしてきたのは宗教だけではなく、政府であったり、また医者や美容外科医、大企業などがあります。我々はそれに対抗する活動として、新しい社会のあり方を提案したい。このような発想が、過去に革命を起こしてきているし、また社会は15~20年を単位に、次の時代へとシフトしていくものです。思い返せば、私がインプラントを始めた頃から比べると、社会は非常に変わってきてるし、当然我々のアイディアはもっと受け入れられきている。


またもっと広い問題、人間という種を考えてみても、最終的にはそのような動きをコントロールすることはできないのです。確かに私が行っていることは、大きな変化からしたら、非常に小さな動きに過ぎないかもしれません。しかし社会に大きな変化が起こるならば、もう一つの問題として、人間の身体に対する考え方も変化しなければならない。それは人間存在の革命とも言うべきものであり、また、それが私がボディ・ハッキングと呼ぶものなのです。


ボディ・ハッキングがどのような論理に基づいて行われるものかと言うと、端的には、「社会のコントロールからいかに自由になるか」ということです。これは、以前にモダン・プリミティブズという言葉で表現されてきたアイディアをさらに前進させたものですが、それを実行するには新しいテクノロジーが必要です。そして、このアイディアは我々が全く違う人間に進化するという意味も含みます。


つまり、そこにどのようなものがあるか、またそれが何なのかを理解し、そしてどんなものを採用するか、どのような方法で手に入れるかを自分自身で決定していく。またそれらを私たちの真の自由意志に基づいて行うこと。これがボディ・ハックティヴィズムです。





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(完成直後の作品)


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