内なる辺境の人々 × 丸尾末広 2

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丸 尾 末 広 の 新 境 地



 丸尾末広は、漫画の他に小説の挿絵やイラストなども多く手掛けている。一時は漫画から離れ、そういった仕事ばかり行っていた時期もあった。


「挿絵とか、色々やっていたんですが、やっぱり物足りなかったですね。それまでは、ポルノ漫画という安定した媒体を持っていたんですが、そこから離れてしまったんで。とはいえ、作風が作風ですからいきなりビッグコミックでというわけにもいかない。立ち位置的に中途半端になってしまったんです。やる気はあったんですが、なかなか合う媒体がない」


 また、一時期ではあるが、丸尾は劇団「東京グランギニョル」に演出家として参加していたこともあった。


「僕が十代の頃、ちょうど状況劇場などのアングラ劇団が盛んだったんですね。だから、ちょっと憧れる気持ちもあったんですよ。たまたま、状況劇場にいた人が独立して東京グランギニョルを旗揚げした時に、ポスターを書いて欲しいと依頼されて、それで付き合うようになったんです。まぁ面白いは面白いですよ。演劇と漫画は全然違いますから」


 演劇に関与したことは、その後の丸尾の創作姿勢にも、不可逆的な変化をもたらしたと言う。


「恥ずかしいという感覚が薄れたかなっていう、なんでも書けちゃう気持ちになれた。それ以前は、臭い台詞回しや感傷的な表現をするのが恥ずかしいってよく考えたんですけど、劇団に参加したことでそういう気持ちが少しずつ無くなって。ふっ切れたって言うのかな、表現が自由になりました」


 その意識の変化は、作品の中にも如実に反映されていく。例えば、後期の作品『笑う吸血鬼』を紐解けば、以前の丸尾作品には見ることのできなかった、人間感情の機微や情緒といったものが、極めて美しく描き出されているのが分かる。丸尾は今後の創作活動について語った。


「ポルノ漫画を描いていた時には描ききれなかったものを今後は描いていきたいですね。とはいえ、ありふれたものを描いても仕様がない。社会に対して何か訴えていくとか、そういうのはないですけど、自分が面白いと思うものを描いていきたいです」



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 丸尾末広が面白いと思うもの、その一つが『コミックビーム』六月号(二〇〇九)より連載が決定している江戸川乱歩原作の『芋虫』である。乱歩原作の漫画化は、前作の『パノラマ島奇譚』に引き続き二作目だ。なぜ、この時期に江戸川乱歩なのか。


「実は乱歩ものは二十年以上前からやりたいとは思ってたんです。やっと機会が巡ってきたという感じです。特に『芋虫』は乱歩の中でも好きな作品の一つですし、思い入れも強いので」


 すでに下書きは終えており、また、かなりの手応えを感じていると言う。


「そんなにセックスシーンが多いわけではないんですが、今までで最も過激な作品になると思いますよ。とりあえず、今は早く書き上げて、世間に発表したいですね」


 取材中、丸尾末広は終始寡黙であった。質問にも少ない語数で淡々と回答するばかりであり、取材する側としては、少なからず難儀したのも事実だ。だが、私はそれでよいのだと思った。丸尾末広は飽くまでも漫画家なのだから。漫画や絵に対する彼の情熱は、言葉ではなく、その作品が雄弁に物語っているはずだ。


「かつてのファンの人達がいまやすっかりオジさんオバちゃんになってて、大学生の子供がいますとか、驚きますよね。デビューから三十年近く経ちますから当然と言えば当然ですが。ただ、現在の女子高生や、若い読者というのも出てきているんで、新しく世代が入れ替わっていく中で、自分の作品がどのように評価されていくのか楽しみです」


 そう語る丸尾末広に、私は最後の質問として、今後の展望について伺った。


「なんでしょうね、特にはないんですが。まぁ、これからも面白いもの、普通じゃないものを描いていきたい、ごくシンプルにそれだけですよ」


 当代一の無惨絵師の本質、それは「面白い」を追求する童心、至高の「悪ふざけ」にこそあった。




丸尾末広(まるおすえひろ)

1956年長崎県生まれ。15歳の時に漫画家を志し上京。印刷業など様々な職を経る。絵は全くの独学。90年に『リボンの騎士』でデビュー。高畠華宵らの影響を受けた優美かつレトロな描線と、夢野久作、江戸川乱歩を彷彿とさせる怪奇的、幻想的作風で世間的に高い評価を得る。また、荒俣宏の小説『帝都物語』や、前衛音楽家ジョン・ゾーンのジャケットなども手掛けている。

このインタビューは2009年ニャン2倶楽部Z6月号の転載です。