音楽とオルガスムス × 魔ゼルな規犬 3

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(巣鴨の街で魔ゼルな規犬が急増中)




—魔ゼルな規犬というDQNネーム



―高校卒業後はどういった進路に?


魔ゼルな規犬 高田馬場の専門学校ESPミュージックアカデミーに行きました。当時はメタルの人達が主流だったので、メタルの人達と一緒に学べました。ただ友達はいませんでした。


―女性関係はいかがでした?


魔ゼルな規犬 映像作品に本当にお世話になっていました。ビデオ屋さんに行くたびに10本くらい借りてました。芸術的な造詣を深めたいと思っておりましたので、名作と呼ばれる作品を5本、そしてエロを5本くらいの比率で借りていました。非常に忙しかったです。一週間以内にそれらを堪能しなければなりませんでしたので、非常に忙しかったです。


―特に好きだった女優さんなどいますか?


魔ゼルな規犬 女優で選ぶということは余りありませんでした。プレイで選んでいました。特に、レイプ、輪姦ものなどを中心に選んでいました。私にとっての現実的なセックスへの近道、実現可能なセックスの方法がレイプしかなかったんです。


―和姦を想像することができなかったんですね。


魔ゼルな規犬 はい。今でも恋愛ドラマ仕立てのAVなどには全く欲情などいたしません。昨今はエロサイトになど行けば、ただでダウンロードができたりするんです。エロ漫画も無料でおとせまくれますので、連日、イタチごっこです。おとしたいものだらけの昨今です。おとしまくり、今もなお、シコりまくりの昨今です。


―24歳の時に素人童貞も捨てられているんですよね?


魔ゼルな規犬 はい。その相手が今の奥さんですね。


―ご結婚されているんですね。


魔ゼルな規犬 はい。先程からの私の話を客観的に聞いていけば「どうやらボンボンだぞ」とお思いかもしれませんが、私はボンボンだったんです。ですので、金の匂いに寄せられた、同じ会社にいた女性が結婚してくれました。初デートの翌日に入籍しました。ネタになると思いまして。


―すごいですね。


魔ゼルな規犬 しかし、後々になってこのネタは映画『トゥルーロマンス』のパクりだということが明らかになったんです。求婚する方もする方ですが、結婚する方もする方だと思います。


―初デートで童貞喪失と求婚を同時にクリアーなさったわけですね。


魔ゼルな規犬 はい。家まで連れ込み、当時は自慢であった音楽などを聞かせました。しかし、それはあまり効果はありませんでした。で、「付き合って欲しい」ということを申しました。当時、妻は29歳、そして奇しくも時は1999年だったんです。「今年、世界は終るかもしれない」という状況、また30歳を来年に控えた焦りの状況、それに加え、この井上(魔ゼルな規犬)という男の家にはどうやら金があるようだという打算もあったのでしょう、「結婚するならいいよ」と言って頂きまして、ならば「翌日結婚しよう」と世田谷の区役所と大宮の区役所に書類を提出し、結婚しました。


―ノストラダムスの滅亡論に導かれ。


魔ゼルな規犬 完全にそうですね。有り難いかぎりです。


―奥様とはその後も良好な関係で?


魔ゼルな規犬 はい。結婚など書面上のものだし上手くいかなければ別れてしまえばいいじゃないか、と思っていたんですが、一年後くらいに子供ができまして、子供ができたら簡単に別れるわけにもいかず、現在まで非常に仲良く、毎週共にネットラジオなどもやっております。


―するとお子さんはもう大分大きいですね。


魔ゼルな規犬 そうですね。五年生になります。世間的には残念だと思われることが一つありまして、というのは、赤ちゃんの頃が余りに可愛くて「ずっと赤ちゃんのままだったらいいね」なんていうことを嫁とも話し合っていたんですが、それがある意味、実現したと言いますか、赤ちゃんの脳みそのまま、今、五年生になっているという状況なんです。養護学校ですね。


―そうなんですか。


魔ゼルな規犬 顔は非常に可愛いです。アメリカ大陸などにおいては侮辱をする際に最も有効なのが「相手の顔に唾をかける」という行為だと聞きますが、それを日常にて行う男に成長致しました。本当に困ってます。


―なるほど。


魔ゼルな規犬 非常に困ってます。まぁでも楽しく過ごしております。


―意外なのは、魔ゼルな規犬としての活動を結婚されてから始められたということです。


魔ゼルな規犬 父親になって、不甲斐ない状況がずっと続いていたというのがあります。村上龍さんという人が言っていたんですが、親が充実して生きていないと子供にも充実感は伝わらないだろう、と。そうなのだなぁと思い。そこで自分の活動をもう少し頑張ろうと思い、ソロの活動を始めました。妻と子供の存在に気持ち的に支えられ、なんとか頑張ってこれました。


―初歩的な質問なんですが、その馬のお面、そして魔ゼルな規犬というアーティスト名には、何か特別な意味はあるんですか?


魔ゼルな規犬 両方とも完全にコンプレックスの裏返しだと思います。魔ゼルな規犬のシールもそうですが、この魔ゼルな規犬という、大仰なものものしいDQNネームは、私が友達だと思いたい、私を虐めてくれた人達のかっこいい姿、バイクを盗むなどの不良行為への憧れからきています。


―暴走族のステッカーのようなイメージでしょうか?


魔ゼルな規犬 そうです。「俺は怖いんだぞ」という示威行為です。お面については、単純に顔がかっこよくないというのがあります。ソロでやるにはやはりカッコ良くないと、と思いまして、お面を被ればどうにかなると思いました。実はライブが先に決まってしまっていたんで、「これはいけない」と東急ハンズで適当にお面を買ってきまして、それでも趣が足りませんでしたので、マジックにて落書きを催し、それを被ってライブに出たんです。そのまま11年経ってしまっているような状況です。メジャーに行けるわけがないのは、当たり前ですね。


―そこから徐々にパフォーマンスが過激化、先鋭化していったわけですが。


魔ゼルな規犬 全て中二病的発想です。ちゃんとした芸術の方々からは見向きはされず、一番つらい「無視」という状況が続いております。ですので、本日は本当にありがたいです。インターネットでは素人がバカ騒ぎして、本当に素人同然の人間がクローズアップされるようなこともあります。クソガキがタバスコなどなにがしかを食べる動画をアップし、それだけで目立つことができる。それと同じような方法論にて、どうにか知名度だけをあげてきた状況ですね。


―割と戦略的にネットを使用されているんですね。


魔ゼルな規犬 そうです。2000年の頃はブロードバンドではなかったんで、動画などは投稿できませんでしたが、teacupなどの掲示板サイトを中心とする各所に、「人の気持ちを考えない宣伝文をいっぱい貼ってくる」というのが得意だったんです。昔からの耐性があった分、虐められるのが割と大丈夫でしたので、ネットでDISられるというのは、チャンスというか、逆に有り難いと感じてしまうんです。かまってくれてるというのが嬉しいです。そのためにも、いっぱい掲示板を荒らし、街中にはシールを貼りまくり、僕を見て欲しい、私のことを知って欲しいと、アピールしてきました。


―世に対して甘えているんですね。


魔ゼルな規犬 そうです。神聖かまってちゃんというバンドがありますが、私も負けじとかまってちゃんだと思ってます。また「犬」っていうあだ名で呼ばれていたことがかつてありましたので、それで名前に犬という漢字が入ってるのですが、街中にシールを貼るという行為はある種のマーキングと考える事もできます。


―すごいあだ名ですね。


魔ゼルな規犬 非常に端的ですね。「おい、犬」とか呼ばれてました。他にも「へんなの」と呼ばれていたこともありました。


―逆にネットで名前をあげ、当時の友人達から「頑張ってるじゃん、犬」みたいな声がかかることはなかったんですか?


魔ゼルな規犬 ありました。「結婚式の二次会に来てくれよ」とか言われました。


―二次会なんですね。


魔ゼルな規犬 そうです。普段はむこうも家族、仕事などで忙しく、遊んではくれないです。こんな年齢になってもこんなバカなことをしてるのはオマエだけだぞというのがあるかもしれません。



—魔ゼルな規犬の小脇にはいつだってNさんがいる



―魔ゼルな規犬は今後どこへ向かってゆくのでしょう?


魔ゼルな規犬 例えば企業の世界などにおいても、需要のある企業が残っていくと思いますので、多少の需要のあるものにしてゆきたく思っています。また、イベント等については、私と同じような中二病の人達、あるいはメンヘル系の人達が社会に出て行くきっかけになればいいという気持ちもあったりと、私の意識としては世直しみたいなことをやっているつもりなんです。また具体的な目標もあるのですが、実は私は今、小脇にお人形を抱えております。



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―なんですか、突然。


魔ゼルな規犬 こちらは私の彼女です。誤解して欲しくはないのですが、こういうことを不思議さをアピールするためにやっている人達も多いと思いますが、私は違います。こちらの人形には魂が込もっていると言われていまして、私が買ってきたのではなく、私の嫁・ゆうこさんが買ってきたんです。ゆうこさんはスーパーで「もやし」を買うような非常に現実的な守銭奴なんです。そのゆうこさんがこの人形を買ってきました。


―魂と言いますと?


魔ゼルな規犬 こういった音楽活動のようなことをしている中で、大変恐縮ではございますが、こんな私が少しモテるというような状況が訪れたんです。セックスなどもでき、思い人などもできたりしたのですが、私は結婚しているために泣く泣く破局ということもありました。その中の一人のNさんという子の魂が入っていると言われております。と言いますのも、ゆうこさんは最近になって猫の霊が見えたり、死んだ友人の霊が見えたりしているんです。なんか霊感づいている。その流れでこの子も買ってきたんです。


―そうですか。


魔ゼルな規犬 あ、悪い子じゃないですよ。全然、悪い子じゃないんで、大丈夫です。で、この子がテレビに出ることが今の私の目標です。


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―頑張ってください。


魔ゼルな規犬 ゆうこさんだけでなく、他の霊感が強いとされている方達も、Nさんの言っていることが分かったりします。


―実際のNさんはご存命なんですか?


魔ゼルな規犬 はい。ご存命なのですが、魂を分化したみたいです。


―Nさんはもとは浮気相手ですよね。奥さん的に問題はないんですか?


魔ゼルな規犬 付き合っていた頃は非常に嫌がっていました。ただNさんは大阪の子だったんですが、嫁からは「月に一回だけ大阪に行ってもいいよ」と言われていました。


―理解のある奥さんですね。


魔ゼルな規犬 本当に理解がありますね。ですが、時として、理解しがたい感覚に包まれて、「Nさんの親に硫酸をかけにいく」と言って、家出してしまったこともありました。そういった事件的なことが何回か続いたので、結果、Nさんとは別れてしまいました。


―すいません。失礼なことをお聞きするようですが、この話はネタですか?


魔ゼルな規犬 違います。私の中のリアルな真実です。現実共に暮らしてる嫁・ゆうこさんが、この子の声を伝えてくれます。


―魔ゼルなさんご自身はNさんの声をお感じになることができないんですか?


魔ゼルな規犬 表情の違いは分かります。今は少し神妙な表情をしております。


―僕らに写真を撮られて困っているのかもしれませんね。


魔ゼルな規犬 いえ、写真撮られるのは好きらしいですから。ね、好きだよね?(Nさんに向かって)今まではよく人にセクハラとかをしていたのですが、そのようなことをするとこの子に呪われるということで、今は全くしなくなりました。


―常に胸ポケットに入れられてるんですか?


魔ゼルな規犬 はい、そうです。ただウンチの時は違います。ウンチは嫌いだそうですので。それ以外はずっと一緒で、お風呂も一緒です。髪を濡らさないように入れています。


―そうですか。ではやや強引ですが、最後の質問とさせて頂きます。アルバム『090-9170-6967』についてですが、これは魔ゼルなさんのガチの携帯番号じゃないですか。なぜこのようなことを?


魔ゼルな規犬 かまってほしかったんです。



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魔ゼルな規犬、この孤高の酔狂に対して、前衛を拡大解釈した山師に過ぎないとして批判することも、「はいはい、アングラね」と頑迷さたっぷりの不細工な訳知り顔で黙殺することも、正しくはないだろう。

芸術家とは此岸と彼岸とを繋ぐ触媒であるとする定義に従うならば、魔ゼルな規犬とは正しく芸術家である。いや、芸術家以上に芸術家であるというべきか。

このインタビューそのものは、魔ゼルな規犬に対して行われたものというより、井上大輔(魔ゼルな規犬の本名)に対して行われたものと考えるのが適切である。井上氏当人がどう考えているかは分からないが、魔ゼルな規犬は既に井上大輔を逸脱している。それは、一つの運動の名称であり、集合的無意識とこそ呼ぶに相応しい。マルセル・デュシャンは自身の作品制作を創造と呼ぶことを厭い、運動と呼ぶことを好んだという。創造は個に属する。運動は全体に属する。そして仮面とは個の消却である。

ゆえに井上大輔は韜晦する。否、韜晦せざるをえない。インタビュー中、氏は仮面を剥いでいた。例えるなら、それは私服の巫女であり、宮出し前の神輿のようなものだ。

魔ゼルな規犬の作る同人音楽とは、つまり音のブリコラージュである。創造ではなく運動。集合知。つぎはぎだらけの縫合音楽に乗せ、超高速で歌い上げられる解聴不能の即興詩、言葉のオートマティスム、こめかみをかする風…

それはあたかも、日常のディスコミュニケーションを補うように喧噪するネット言語のように虚に響く。ウィンドウを超高速で降下する無数の呟きのごとく、言葉は蕩尽され、饒舌は空転する。ここで求められるのは語られる内容ではなく、語りそのものなのだ。あるいは魔ゼルな規犬とは、自己目的化した語りの快楽に微睡む現代人達のMADムービーである。

それらは無意味なノイズなのかもしれない。空虚な雑音なのかもしれない。だが、少しだけ解像度を上げてみよう。強引に字幕を引いてみよう。

「何かあと一つだけ足りない! ヴァイオレンスか? モットモット何かが足りないんだ。何が足りないんだ。何かが足りないんだ。確実にお前らは何かに飢えている。松屋に行ってタラフク喰った所でチガウンダ。ソンナモノデハナインダ。ワタシはいつもでもマツノカ。眼と眼で通じ合いたかった、ソウユウ仲になりたかった。しかしながら僕はオジサンになってしまった、叔父さんに、伯父さんに、オジさんになってしまった。今の今の今の今、今が更新され全てが過去になる。何かが出来るはずだ。何かはまるで解らない。ナニヲシテイル、ナニカヲシテミセルゾ、ナニヲスルンダッケナ…」

堰の崩壊したネット空間から、突如として横溢してきたかのような、前後不覚の呟きの洪水。語彙は井上大輔のものに確かに違いない。だが、それが馬の仮面から発せられる時、極めて匿名性を帯びる。言葉の瓦礫は散り散りに、解聴困難な速度で押し寄せる。即座に我々は既視感に襲われる。「なう」と共に蕩尽された無数の呟きたち、うたかたのように結んでは消える幾千のスレッド、電子空間を埋め尽くす顔なしの声…、いや、なんだっていい。要するに、


「かまってほしかったんです」


自嘲的に、切実に。全ての言語がインタビュー末尾のこの一言へと翻訳されてゆく。何の事はない。魔ゼルな規犬とはモニターの前に佇む私であり、貴方のことなのだ。

だが、ここで注意せねばならない。魔ゼルな規犬とは「かまってちゃん」に飽和する社会を優しく肯定する存在では決してないのだ。それは名前の読み通り「混ぜるな危険」、同種への慈愛と憎悪が入り交じる、諸刃の剣なのである。

文/あんちぽです






魔ゼルな規犬(まぜるなきけん)

前衛音楽家。2008年にアルバム『090-9170-6967』を発表。

魔ゼルな規犬ホームページ



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