北原みのり —コイトゥス再考— 煙るこの国のフェミニズム 2

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—フェミニズムによって女性は幸せになったのか



―たしかに男女間におけるディスコミュニケーションや意識のズレみたいなものは、今に始まったことじゃないにせよ、非常に興味深いテーマです。これについては後ほど、また聞いていくとして、ひとまずは、ここ数十年間での「女性」というジェンダーの変化について、お話を聞きたいと思います。


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『アンアンのセックスできれいになれた?』
北原みのり
(朝日新聞出版社)


『アンアンのセックスできれいになれた?』にも書かれていましたが、60年代末に雑誌『an.an』が登場し、女性のセックスの解放の言論というものが世の中に出てきた。北原さん自身も、10代の頃に『an.an』を読んで「利己的に、ファッション的に女性が性を語っていいんだ」ということに大きな衝撃を覚えたという風に書かれていますが、お聞きしたいのは、「その結果、どうであったのか」ということです。『an.an』を一つの象徴に、女性の性が開かれていったわけですが、その結果、女性は幸せになった、豊かになった、と言えるんでしょうか?

北原 正直それは分からないです(笑)。ただ少なくとも「昔に戻りたい」とは思わないですよ。私のお店(ラブピースクラブ)に来て下さってるお客さんの中には、50代、60代の女性も結構多いんですけど、それぐらいの世代の方に20代の頃のお話とかを聞くと、本当に結婚するまで処女が当たり前だったとか、とても保守的な価値観の中で生きていたって言うんですね。今50代ってことは、10代の頃に『an.an』が創刊しているはずですから、フェミニズムに触れていてもおかしくないのに。

つまり『an.an』がああいう趣向で書いていても、それを実践できたのは本当に一部の女性だけだし、その人達だって本当に性解放が出来ていたのかと言えば、出来てなかったとも思うんですね。だけど、そういう女性達が今になってこの店に来て、「自分はもっと気持ちよい事をやってもいいんだ」って思ってくれてる。60代になっても来て下さっている。そういうお客さん達と日常的に触れ合っているんで、女性が幸せになったかどうかは分からないにせよ、変わってきたんだなってことはとても感じますよ。

―北原さんとしては、嬉しい変化が起こっている?

北原 前とは確かに違う。「前はダメだったけど、今はこういう風なことをしてもいいのよね」っていう空気、女の人にとっての安心感みたいなものは増してきているように思う。そういう意味で言ったら良かったし、この流れを止めたくないな、と思います。でも一方では、揺り戻しが起こっているようにも思えるんです。それがあの本を書いたきっかけですし。だから、単純に良くなってる悪くなってるとかは言えないですけど、変わり続けているというのは実感してます。

―今北原さんが仰った揺れ戻し、いわゆるバックラッシュが起こっているというのは、非常に興味深いです。『アンアンのセックスできれいになれた?』にも書かれていましたが、要するに、かつては尖った物言いで、女性の自立や主体的な欲望追求を煽動していた『an.an』が、今では「愛あるセックス至上主義」になっていて、モテ術指南のような特集を組んでいる、少なくとも北原さんにとっては残念な方向に向かっている、と。

ただこれを考える時に、なぜ『an.an』は丸くなってしまったのかと考えるより、なぜあの頃『an.an』は尖れたのかと考える方が分かりやすい気がするんです。あるいは穿った見方なのかもしれませんが、要するに、あの時代に『an.an』が尖れたのは、当時の社会においてマチズモが依然として磐石であったからじゃないかな、とも思えるんです。

北原 たしかにね。

―その後、時代とともにマチズモが崩壊、あるいは変質してゆく流れがあると思うんですが、その流れと『an.an』の変遷がリンクしているように思ったんです。そういう見方に立つと、女性のセックス、ジェンダーの解放が進んでいった結果、皮肉にも多くの女性がマチズモ回帰を望んでしまったようにも思える。

北原 今のお話で思い出したんですけど、この前、父親と大喧嘩して、その時に私が父に向かって思わず言った言葉が「男らしくしろよ」って言葉だったんです(笑)。自分でもビックリしちゃって。でも思わず出ちゃったの。私は父親から「女らしくしろ」なんて言われたことなかったし、そういうの大嫌いだったし。ただ父が定年退職してからというものどうも愚痴っぽくなっちゃってて、それで「うるさいんだよ」と、「ちっとは男らしくしろ」とか言っちゃった(笑)。本当にひどいことを言ってしまったなぁと、後で物凄い反省したんですけど。

で、「なんでそんなことを言ってしまったんだろう?」と考えた時に、確かに仰る通りな面もあると思う。かつて、余りにも磐石だった男らしさや、社会を覆っていたマチズモ的雰囲気みたいなものに、ある種のカウンターカルチャーとして、「対抗しなきゃいけない」、「この世界を変えなきゃいけない」とフェミニズムが声をあげたわけだけど、その試みが成功したからマチズモが弱くなったわけでは実は全然なくて、それにそもそも、こんな状況を求めていたわけでもなかった。今は責任放棄をし続けるだけの、ずるい男が増えすぎてる感じがする。草食系と言えば聞こえはいいけど、それってただ身勝手で無気力なだけでしょ。

ただ、さっきも言ったけど、だからと言って昔に戻りたいかと言えば、それも全く違う。だから考えていかなきゃと思うよね。私にとって一つのヒントは韓流で、あれも凄いマッチョな感じです。男の子たちはみんな身長が高くて、肉体もマッチョで、優しげに「君を守るよ~」みたいなことを言ってくれる。そこに「本当の男らしさ」みたいなものを感じちゃった女子達が大挙してそっちへ行っちゃってる感じですよね。そういうのを見ると、マチズモ的なものを欲望している女性も結構いるんだろうなって感じます。それがフェミニズムのせいだとは思わないけど、原因は何かって言われたら、私にも分からない。逆に聞きたいです。なんでうちの父があんなに男らしくないのか(笑)

―(笑)

北原 女に対して母性的なものを求める傾向が強くなってますよね。癒しとか甘えに飢えた男を女の人が支えてあげてるっていう男女関係をとてもよく見る。

―かつての男女関係については体験的に知らないので飽くまでイメージですが、最初に言った客体化する主体性みたいなものが、大勢を占めてたんじゃないかなって思うんです。女性は男性的な欲望、視線の対象となることで、その欲望を共有し、自らを客体化させてゆくことでエロを生成していく、みたいな。しかし、どこからか、女性が客体に甘んじてくれるわけでもなくなってきた。すると男性としては非常に困ってしまうんです。欲望を共有してもらえないわけですから(笑)。くわえて男は自らを客体化することにも慣れていないですし。

北原 「女も人間だったんだ」みたいな。「女」だと思ってたものが自分と同じ人間だったと気付いたわけですね。

―そうですね。女性が他者になっちゃった、と。極端な言い方ではありますけど。

北原 逆に聞きたいんですけど、どうなのかな、今の若い人達は男女の新しい関係の形を築けているのかな?

―どうでしょう。築けないでそれこそ「草食化」してしまっているなんて人もいるでしょうから。一言に「草食」と言えるほど単純じゃないとも思うんですけど。ただ傾向としては他者に対して怠慢になってる気はします。

北原 セックスとかについても「めんどくさい」っていうよね。

―でもそれってすごいマッチョな発想ですよね。草食系と言えば、なんかモジモジしてて、人と関わるのが苦手ですっていうのが紋切り型なイメージですけど、それって要は「相手を支配したい欲求が強い」ってことの裏返しともとれますし。女性には客体に徹して欲しい、そうあってくれないならセックスなんて面倒だ、と言うなら、なんだかマチズモの末期症状みたいにも思えます。

北原 ネットマッチョも凄い増えてるからね。草食化ってことで言えば女性もそう。このお店のお客さんが高齢化していることは凄い実感してるし、たまに20代の子達、大学生の子達なんかと話したりすると「セックスなんて面倒くさい」って普通に言うんだよね。何が面倒くさいのって聞いたら「恋愛するのが面倒くさい」と。じゃあ恋愛しないでセックスだけすればいいじゃんって言うと「それも面倒くさい」って言う。もう、なんなんだ、と(笑)。でもオナニーはいっぱいしてるみたいなんです。

―男も女も似たような感じになってますね。

北原 一方で大学の食堂なんかで童貞と処女が「まだセックスしたことないんだよね」なんて話を普通にしたりしてるっていうから。すごい理解の難しい世界だよ。

―彼女たちは恋愛も否定しているんですか?

北原 好きな人はいるって言うの。でも、それだけみたいだね。何が欲しいのかも分からない感じ。一方で40代の女の人、50代の女の人を見ると、それほど突き詰めてはいないにせよ「何が欲しいか」ということに対してはハッキリしてる。どうなってんだろ(笑)

―恋愛と性愛が完全に別物になってる印象はあります。恋愛至上主義みたいな考え方が蔓延する一方で、そこからセックスの快楽であったりそういうものは排除されているというか。理想的な、イデアみたいな恋愛に憧れながら、それは無理だからと諦観してる。

北原 そうかもしれない。ある意味、フェミニストがこれまで「セックスと愛を切り離して考えよう」って主張してきたことは実現したのかもしれないけど。でもなんか「求めていたのはここだったの?」っていう。愛がより重いものになっちゃってる感じがする。

―で、その辻褄を合わせるように技術指南ばかりが求められるという。

北原 うんうん。

―いち男性として、ああいった女性向けの性の技術指南みたいなものには疑問があります。

北原 意味が分からないよね。

―女性が男性向けモテ指南書なんかを読んだ時に感じるだろう違和感と同じだと思いますけど。

北原 同じでしょ(笑)。そうだよね、そうだと思うんだよね。「これで身長を伸ばそう」みたいな器械とかの広告を見ると「バカじゃない」って思ってたよ(笑)。打てばペニスが伸びるらしい注射器とかね。でも、それと同じですよね。

―ビガーパンツ的なんですよ(笑)。 では北原さんから見て、今の男女がすれ違いを起こしていると考えた時、何が不足しているんだと思います?

北原 何が不足しているかは分からない。ただ20代の子達と付き合っていて、すごく気を遣ってくれているのを感じる一方、相手に対して質問をしたり、一歩踏み込んだりってことが全くない人間関係が当たり前になっているんだなってことは感じていて、身近なところでは、それこそ編集者さんとかにもそれを感じます。作家と編集者の関係って、例えば原稿について丁々発止があったり、互いに意見を交わしあったりってあるものだと思うの。40代の編集者さんとかが相手だとまだそういうのがあったりする。でも、それが20代、30代の編集者さん相手だと起こらない。まずプライベートなことは一切聞いてこないでしょ。興味がないというより、聞いちゃいけないと思ってるから聞いてこないんだなってことが凄く分かるんです。

質問とかも殆どしてこないから「友達とでもそうなの?」なんて聞くと、「失恋とかの悩みを話したりすることはあるけど、例えば仕事とか、セックスとか、そういうことの悩みを話したところで、価値観が違うのは当然だから、そこで話して深め合ったところで、違うんだということを確認するだけだし、わざわざ空気を悪くするようなことはしたくない」てことを言うのね(笑)。それって凄く今っぽいなって思って。

セックスにしてもそうだけど、私は聞かないと分からないことがあると思って生きてきたの。だから好きな人とかできたらとにかく質問攻めにするのが恋愛だと思ってた。確かにそうやって他人に踏み込んでゆけば衝突することも増えると思う。でも、そういう事をただ避けてなんとなく一緒にいるとか、あるいは互いに傷付けあうこともなくその場の空気を楽しむってことが、良い人間関係だってなったら、それは私にとってとてもとても疲れるもの。面倒くさいことは少ないだろうけど、すごく単純に、セックスも上手くならないだろうなって。

―それは思いますね。

北原 下手だってみんな言ってるよ。AVを見ていてもAV男優でさえ凄い下手だったりするからビックリするんだよね。あれが男のデフォルトになってしまったらとてもまずいんじゃないかと思う。

―相手に踏み込めなければ、セックスも上達しようがないですから。もちろん独り善がりに踏み込めばいいってもんでもないでしょうけど、どこか突っ走っちゃうぐらいの勢いがないと、そもそもセックスに到達しないですよ。探り合いに終始しちゃう(笑)。ある種の「どや感」というか、そういうものがあって上達するもんだと。

北原 うん。それは分かります。

―これを思慮深いとするか、怠惰とするかっていうのは微妙な問題ですが、体験的には後者のパターンが多いかなって気はします。少なくとも、上の世代に対して遠慮してるとこはありますよ。付き合い方が分からないというか。

北原 たった10年とか20年しか違わなくてもそうなわけですよね。確かに私たちの世代だって団塊の世代の人達からは「覇気がないな」とか言われてきたし、あるいは世代ってそもそもそういうものなのかもしれないけど、それだけじゃない気はする。時代が凄く動いてる。こんなにも世界地図がめまぐるしく変わって、こんなにも価値観が変化していくような時間に生きているんだなと思うと、ある意味とても面白いんだけど、セックスに関しては日々の仕事の上でも、若い人の心をどういう風に掴めばいいんだって悩んでます(笑)

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