都築響一 妄想芸術劇場 第二十二回

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写真が瞬間芸だとすれば、イラストは独演会だ。

観客ゼロの高座で2時間、汗みどろで語りつづける脳内の発情ランドスケープだ。

写真ページの添え物とさげずまれ、アートともイラストレーションとも漫画とも

認知されないまま、ひっそりと増殖する陰花植物。

欲情の、淫夢の、妄想のもっとも純粋なあらわれとしての、マイクロ・ニルヴァーナ!






# 2 2 カ ツ 丼 小 僧 2



ここ数年の常連投稿者のうちで、もっとも多作なアーティストのひとり、「カツ丼小僧」の膨大な未発表作品のいくつかを、先週はご紹介した。つづいて今週、来週もカツ丼小僧の回をお送りする予定だったが、本サイトがサーバーのリニューアルにより更新が数週間お休みになってしまうということで、今回は未発表作品の続編と、アーティスト本人のインタビューをまとめてお送りしたい。


この連載を始めるにあたって、僕にはふたつの思いがあった。ひとつは、それまで月ごとにバラバラに見ているだけだった投稿作品を、アーティストごとにまとめて見直してみたかったこと。それからもうひとつ、このような作品を、それも数年から20年あまりにわたって、しかも返却されないまま投稿しつづけるとは、いったいどんなひとたちなのか、できるならば作者に会い、そのパーソナリティに触れてみたいという強烈な思いだった。


投稿作品のウェブ上での再掲載は、どの投稿作家もこころよく承諾してくれたが、インタビューのほうは予想外に難しかった。編集部を通してのコミュニケーションは電話やメールですらなく手紙のみ、会うことだけは辞退したいという作家たちがあまりに多く、それはそれで投稿イラストページのアーティストたち、という存在について考えさせてくれることにもなった。


そんな状況の中で、今回ご紹介するカツ丼小僧は僕が、そしてニャン2編集部のスタッフにとっても、実際にお会いすることができた初めての投稿作家である。まずはそのご厚意に深く感謝したい。


東京都心から電車で30分ほど、駅前繁華街にほど近いワンルームマンションの一室が、カツ丼小僧の住み暮らす世界である。




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P/カツ丼小僧氏。氏の住居兼作業場にて。





僕はこの街に生まれて育って、この部屋で暮らすようになってもう15年以上、いま47才なんです。

小学校のころから漫画が大好きで、赤塚不二夫とか藤子不二雄とか。それで小学校6年の時に、漫画家になりたいと本気で思いはじめたんですね。もちろん、エロじゃなくて普通の漫画家に。

それで中学に入ってすぐのころから、漫画家入門みたいな本をいっぱい買い込んで、スケッチブックを持って街じゅうを歩いてみたり、それくらい意気込んでたんです。当時、小学館に『マンガくん』っていう隔週の漫画雑誌があって(現在の『ヤングサンデー』の前身)、石森章太郎さんが担当する投稿ページがあったんです。そこに、ハガキの裏に1コマとか4コマの漫画を描いて送ってました。

2年ぐらい、その『マンガくん』に投稿をつづけて、3回入選したんですが、佳作だったので名前だけ出て、作品は載らなかった。でも、それで自信がついちゃって、「まぁこれで大丈夫だろう」とか思っちゃったんですね。なので、大学にも行ったんですけど中退して、20代前半から出版社への持ち込みを始めました。送ればよかったんだけど、わざわざ編集部を訪ねていって。

でもね、それが全然ダメなんです。僕は長いものがダメで、ほとんどが短い1コマか4コマなんですが、「ギャグが古い」とか、「君の絵は雑だ、ほかのひとはもっと丁寧に描いてる」なんて言われたり。そんなことが32才ぐらいまでずーっと続いて、もうイヤになっちゃったんです。

それからもう、なんにもやる気がなくなって、ほんとになーんにもしてなかったんです。38才のときには、もうこんなのじゃあしょうがないから死のうと思ったり。それだけ追い詰められてたんですね。まあ、それまでもずっと追い詰められっぱなしだったんですけど・・・能力がないのに、漫画家になるって頑固に思い込んでたものですから、にっちもさっちもいかないような状態で。それまでは、自分の中に漠然と良い未来みたいなのが見えてたんですが、さすがに最後は神様を恨むような気持ちになりましたね、「どうしてくれるんだよ」って。

それで39才のときに、はじめて投稿するんです。雑誌は『マニア倶楽部』でした。最初はね、毎号同じような顔ぶれが載ってるんで、「あぁ、これはたぶんコネだな」と思ったんですね。いちおう送ってみたら、やっぱり落選して。それで、やっぱり出版社の知り合いとかいないとダメなんだと思ったんですが、最後にもう1枚だけと思って送ったら、それが翌月の『マニア倶楽部』に載ったんです。てっきりダメだと思いながらページをパラパラめくっていたら、いちばん最後に小さく1枚だけ載ってて。それで「やった!」と思って。それが平成15年でした。

ですから『マニア倶楽部』、それに『Webスナイパー』、いまは隔月になっちゃいましたが『バチェラー』、あとは『お尻倶楽部』とか。『ニャン2』は、本誌も『Z』も見てたんですが、うっかりお絵かきコーナーを見落としてたんですね。それで1年ぐらいしてからページに気がついて、それもカラーだし、見開き2ページですから、「こんないい場所があったのか!」と思って、それから送るようになりました。

だから僕は、こういう投稿ページがなかったら、ほんとにどうなってたかわからないです。投稿が載るようになって、やっと生まれてきた甲斐があったというか。だって毎月、だいたい25枚ぐらい描いてますけど、ほかになんにもしてないし、ほんとに。恥ずかしいけど、いまだに親の援助で生きてますから。まったく働かずに。おかしいでしょ、ふつうの親だったら勘当されてますよね。でも、うちの親はちょっと変わってて、まぁ僕にとってはいい親なんですが、70過ぎたいまも働きながら、いまだに援助してくれてるんです。





「カツ丼小僧というペンネームは、実はマニア倶楽部にイラストを送ろうと思っていたときに、道を歩いてたら突然、インスピレーションで思いついたんですよね。だから、なんの意味もないんです」という彼の日常生活は、たまに散歩やネットカフェで気分転換を図るほかは、ほとんどこの一室で過ごされるという。足の踏み場もないほどにエロ本屋漫画雑誌が積み上げられた室内で、彼は毎日、ほとんどの時間を過ごしている。






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玄関通路。



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氏の作業風景。




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机横にはニャン2倶楽部をはじめとする創作の資料本がうず高く山積している。




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台所。自炊はせず、食事は全て外食だと言う。



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カツ丼小僧氏の寝床。敷き布団はない。




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投稿が載れば賞金みたいなのはもらえますが、それでなにが変わるというわけじゃないですし。親と、弟の家族とか、親戚とかの血縁ぐらいで、僕は友人もぜんぜんいないんですね。だからほとんど、ひとにも会いませんし、連絡も必要ないから、携帯電話だっていちばん簡単なのを3ヶ月前に初めて買ったぐらいで。

なので、ほとんどはこの室内でアイデアも考えるんですが、たとえばこういう漫画雑誌やエロ本、写真集だとかをパラパラ見て、ポーズから入るときもあるし、「このポーズからなにかできないかな」とか。それと懐かし系のシリーズについては、ディアゴスティーニから出ている『昭和タイムズ』という雑誌があって、僕はあれが好きなんで、あれを絵にできないかと思ったり。

でもね、それまであまりにも描いてない時間が長かったので、いまはもう、「描きたい!」っていうだけなんです。アイデアとか考えてる時間すら、いまはもったいない。とにかく手を動かしていたいというか。アイデアが浮かばなくて、手が止まってると、すごく時間をロスしてる気がするんです。






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「僕なんか、ほんとにひとと付き合えなくて、ダメなんです」と、カツ丼小僧は話の合間に何度も呟いていた。「申し訳ありませんが、寝ていることが多いので、チャイムを鳴らさぬようお願いします」と貼り紙をドアに掲げたワンルームの中で、彼はきょうもひとりで、ひたすら投稿イラストを描き続けている。作品が載った掲載誌は親御さんにも見せ、喜んでくれているというが、その喜びを分かちあう相手がほかにいるわけでもない。




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キーホルダーコレクション



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それでも描き続ける生活を、彼は「ほかにやることもないですから」と言うだけだ。投稿写真のように、撮影時の快楽が作品をつくるわけでもない。掲載ページを楽しみにしてくれるファンはいるだろうが、それが”プロ漫画家”としての未来につながるわけでもない。ファインアーティストとして認められることもないし、生活するだけの収入を生むこともない。





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ボツ作は鋏でシュレッドされ捨てられる。






それでも彼は描き続ける。描くことしか自分にはないから。しかし、それ以上に純粋な創作って、この世の中にあるだろうか。漫画雑誌でもなく、ギャラリーでも美術館でもなく、投稿エロ雑誌の、それも写真ですらないイラストページという、言ってみればこの世でいちばん陽の当たらない場所に、この世でいちばん純粋な創作の衝動があふれていること。その貴い真実を、カツ丼小僧はおずおずと、そしてなにより雄弁な絵筆によって、僕らに教えてくれているのだった。





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早撃ちナンシーの誕生



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世界オナニー選手権(女子)



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福助に与えられたこの上ない福運




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お化けの森
「唐傘さんはいいなぁ…頭の先が尖っていて…」




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お化けの森
「もう一つの目はどうしたの?」
「ああ、もう一つの目かい…それはね」
男は着物の裾をめくりあげた。
すると、そのイチモツの先の部分には目がついていたのだ…




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デカ尻魔女がやってきた




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デカ尻魔女がやってきた




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キャビンアテンダントのエロサービス




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新・浦島太郎物語
「なんでぇ、なんでぇ、本物の亀よりあっちのカメの方が女の子には人気があるのかよ!!」



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キッザニア東京をとことん楽しむ方法




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キッザニア東京をとことん楽しむ方法



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キッザニア東京をとことん楽しむ方法




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女の体を犬のようにブラシで磨く獣医




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追悼 梨元勝




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追悼 梨元勝





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ヨークシャテリア(イギリス原産)




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ニワトリ




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極上ボーリング




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時代劇スペシャル
ようし! おまえのアソコの毛を刈ってやる!!(庭師)




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黄門様の肛門




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ビンに詰められて身体を窮屈に固定された女はなんと美しいのだろうか…




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いきみついでにウンコをぶちまける女




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幼児たちのセクシーアイドル保育士




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昭和歌謡 懐かしのヒット・メドレー
「微笑がえし」
昭和53年 キャンディース




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大正時代の出来事
「成金現れる」




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明治時代の遊び
「まりなげ」




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女子プロボクサー 地獄の特訓




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江戸時代にワープした現代女性




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性欲処理大菩薩




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逆説イソップ物語
「羊飼いとオオカミ」

原点では暇をもてあましていた羊飼いの少年が村人達をからかってやれと、狼がきたとさわいでウソをつき、何度も繰り返しているうちに村人達は誰も信用しなくなり、本当に狼が来た時に誰も助けてくれず、飼っていた羊をみんな狼に食べられてしまったという話ですが、ここではウソもつきつづけるとやがては現実のものになる…とウソを奨励した話です。




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逆説イソップ物語
「アリとキリギリス」

原典では、暑い夏の日にアリがけんめいに働いている姿をバカにしていたキリギリスが、寒い冬の日、食べるのに困り、アリを頼ってきたという話ですが、ここではその逆で、今さえ楽しけりゃそれでいいんだという快楽主義に賛同しています。





都築響一
1956年、東京生まれ。現代美術、建築、写真、デザインなどの分野で執筆活動、書籍編集。93年、東京人のリアルな暮らしを捉えた『TOKYO STYLE』刊行。96年、日本各地の奇妙な新興名所を訪ね歩く『珍日本紀行』の総集編『ROADSIDE JAPAN』により第23回木村伊兵衛賞を受賞。 97年〜01年『ストリート・デザイン・ファイル』(全20巻)。インテリア取材集大成『賃貸宇宙』。04年『珍世界紀行ヨーロッパ編』、06年『夜露死苦現代詩』、『バブルの肖像』、07年『巡礼』、08年『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』、10年『天国は水割りの味がする~東京スナック魅酒乱~』など著書多数。現在も日本および世界のロードサイドを巡る取材を続行中。






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