内なる辺境の人々 × 根本敬 2

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越 境 す る マ ン ガ 家



「実は、ここ十年程の間、ほとんど漫画を描いていないんですよ」


 確かに、定期的に作品集などが出版されることはあったが、純粋な意味での新作となると久しく見ていない。


「一応、新刊みたいな感じで出すこともあったけど、出し直しっていうのが多かったのね。逆に言えば長くやってるとそういうことができるんです。ちゃんとした新作は発表してない。だから、自分自身を一つの商品として考えた場合、現役感は希薄ですね」


 とはいえ、その間、ただ無為に過ごしていたわけではない。文筆、映像、音楽と、根本敬は様々な分野に越境し、その異才を発揮していた。自身が学長を勤める「映像夜間中学」においては、映像の中に潜む“目に見えぬ因果”を暴き出し、「幻の名盤解放同盟」においては、日本歌謡界の陰部を照らし出した。とりわけ、文筆業においては、その類い稀なる言語感覚で、「因果者」、「いい顔」、「電波系」など多くの造語を生み出し、いまやニュース番組でも用いられる「ゴミ屋敷」という言葉も、元を辿れば根本発である。


「生きる道のりのかなりのパーセンテージが仕事になってるから趣味とかもたないんですよ。例えば音楽が好きでCDとか買ったりしますけど、どっかそれを仕事にすること考えてて。それは実生活に起こる事とかもそうで、日常の中で色々と育んだものを、どうやってエンターテイメントなものに、最新のものにしていくかっていうね。そういう意味じゃ、すごい貪欲ではあると思いますよ」


 前言撤回。先に職業は漫画家であると書いたが、それは誤り。根本敬の職業欄は、飽くまでも“根本敬”なのだ。


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 ただ、漫画にせよ、文筆にせよ、いずれも表現行為であるという点は同じである。感覚的な差異はあるのだろうか。


「それは本当に違う。文字を書くこと一つとってもそう。例えば、一人称を平仮名のわたしにするのか、漢字の俺にするのかでは感覚が全く違う。今年の始めに三ヶ月連続で文筆の単行本を出したんだけど、文字をそれだけ書いたあとに絵を描くってのは無理。なんていうか、自分の中に四原色みたいのがあって、今はこの色、この時はあの色みたいな。ただ、その切り換えが下手なんです」


 その不器用さは同時に誠実さの裏返しでもある。例えば、この取材においても、根本敬は一つ一つの問いに真摯に対峙し、決しておざなりで誤摩化すことはしなかった。「根本敬にとって表現とはなにか」という私の愚直な問いに、根本敬もまた、愚直な誠実さで、深く沈黙する。


「これは誌面に落とすのは難しいかもしれませんが…」


 そう前置きを入れて、根本敬は訥々と語りだす。


「その質問はすごいシンプルにして根源的なものじゃないですか…、だから、それは簡単に喋ろうとすればするほど難しい。頭の中には色んな事が駆け巡ってるんですけど…。ただ、ここで僕が沈黙してしまったことに意味があると思うんです。何て言うか、口から出る言葉ってのは、やはり後付けの意味にしか過ぎないんで。結果論ですね。適当にペラペラ喋ることはできますが、それは営業トークだと思うし。きっと、その答えは簡単には説明できないんです」


 自分の中には確かに何かがある。だが、それをインスタントな表現に纏めてしまったとしたら、それは嘘である。


「だからその代わりに本を出したりするわけですよ」




特 殊 マ ン ガ 家 の そ の 先



 二〇〇九年が明けると共に、根本敬は文筆による単行本を三ヶ月連続で上梓した。中でも、その第一作「真理先生」においては、根本特有のウィットな語り口で時代を鮮やかに挑発して見せ、第十一回みうらじゅん賞を受賞している。


「今は様子を見るために展覧会やったりイベントに参加したりしてる。自分自身の皮膚感覚みたいなところで探りを入れてるところですね。今の段階では具体的にどうこうというのはないけど、まぁ、確実に次に繋がってる感じはありますよ」


 実は、精子三部作の第三弾であり、未完のまま放置されていた「未来精子ブラジル」の執筆も、少しずつ再開しているという。


「九月以降に発表していけたらなぁって感じ。今はその仕込み中」


 完成すれば、十年振りの新作となる。長らく漫画作品を発表しなかったことに批判や失意の声もあったとは思うが、当の本人はと言えば「例えば2ちゃんねるとかで自分のこと酷く書かれてたりしたら、それよりももっと引くような酷い事を書きたくなっちゃいますけど」と何処吹く風。「普段はそれぐらい自分のことが他人事のような感じがするんですよ」と笑う


「周りから見れば、よく分からないかもしれないけど、その筋みたいなものを、なんとなく自分自身が把握していれば、あとは自分の無意識を含めて、自然におさまるとこにおさまるっていうね。つまり、それが半径四次元メートルの自分のテリトリーであって。だから、ここで答えみたいなもの言っちゃったら俺はおしまい。書く必要がなくなっちゃう。何だかよく分からないって状態が大切なんです」


 謙虚でいて計算高く、自然体のようでいて確信犯。インタビューが終了すると、根本敬は、こんな言葉を残して席を立った。


「三日後にラジオで根本敬スペシャルみたいなのがやるんです。もしかしたら今日と全然違う事言ってるかもしれないけど。もし面白いセリフがあったら、そこから拾って記事にしちゃってもいいですよ。そういうのもあり(笑)」


 根本敬、やはり“特殊”である。


根本敬(ねもとたかし)

1958年東京都目黒区生まれ。東洋大学文学部中国哲学科を六年かけて中退。自称「特殊マンガ家」。またエッセイストとしても活躍し、更に映像、デザイン、講演、出版プロデュース等、多分野において越境的に活動する。80年代に伝説の雑誌『ガロ』を牽引していた一人であり、名実ともにサブカル界の重鎮である。

このインタビューは2009年ニャン2倶楽部Z8月号の転載です。