内なる辺境の人々 × リリー・フランキー

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内なる辺境の人々

リリー・フランキー

ポコチンの話して傷付く人っていないじゃないですか

文/辻陽介 写真/藤森洋介


(2009年5月/渋谷区某所にて)


 リリー・フランキーは、胸に「LOOSER」と刻まれたTシャツを着て、ほうじ茶を啜っていた。220万部を越すベストセラー小説の著者であり、また最多時で月に四十誌以上の連載を抱えていた売れっ子コラムニスト。傍から見れば、紛れもなく成功者であり、勝者である。だが、飽くまでも気分は「LOOSER」。福岡の炭坑町に生まれ、それこそ「差別している人もされている人も目の当たりにして育った」という生粋の九州男児は、今でも「感覚的には差別されている側の世界にいる」と語る。上手く言えないのだけれど、要するに、リリー・フランキーは〝こっち側〟の人間なのだ。


「これで食っていこうとかじゃなく、ああこれで三千円もらえるんだって感じ」 


 マスメディアの世界に足を踏み入れたのは十九歳の頃。とある雑誌に描いたイラストが、三千円の報酬になって手元に返ってきた。とはいえ、そこにプロのイラストレーターになってやろうといったような、若い情熱や野心はなく、本人はいたって恬淡としていた。


「やりたい職業ってなかったんですよね。でも、漠然と表現をしたいっていう欲求だけはあった。もし純然と絵描きになりたいとか、ギタリストになりたいとか、そういうのがあったら、そこに徹底していたのかもしれないけど、そういうのはなかったですから。そもそも、職業ってものに憧れたことがないんですよね、野球選手以外。何かを表現する人にはなりたかったけど、その道具の名前がついた職業の人になりたいとは思わなかった」


 その言葉通り、リリーは特定の表現手段にいささかも固執しない。Wikipediaでリリー・フランキーの項目を検索すれば一目瞭然であるが、作家、写真家、デザイナー、作曲家、演出家、構成作家など、それこそ列挙すれば暇がない程の夥しい数の肩書きが並んでいる。良く言えば、多種多才、悪く言えば、無節操。華々しい成功を尻目に、リリーがあえて二流を自称する所以もここにある。


「例えば文章を書いても、いわゆる本当の文壇の人達っていうのは、俺のこと作家だとは思ってないし、イラストレーターソサエティーの人達は俺のことイラストレーターだと思ってないんですよ。それは曲を書いても、演技をしても、写真を撮ってもそう。どのジャンルにおいてもプロフェッショナルではないんです」


 プロではなく、飽くまでもアマチュア。その意識は、駆け出しの頃から四十五歳となった現在まで、一貫して抱き続けてきた。また、表現者として、特定のカテゴリーに帰属しない事についても、自身の中で「整合性はついている」と語る。


「ちょうどさっきまでグラビアの撮影をしていたんですけど、例えば対象となる女の子が素敵だってことを表現する場合、文章に書くのがいいのか、似顔絵にするのがいいのか、曲を作るのがいいのか、それこそ手段は色々あるんですよ。まぁ、この場合は写真が一番適した道具なんじゃないかなっていう。言いたいことによ って道具を変えているだけなんですよ」


 記憶に新しいところでは、リリーは橋口亮輔監督の映画「ぐるりのこと」に主演俳優として参加、史上最高齢でのブルーリボン新人賞を受賞している。だが、俳優業について尋ねると、すでに「積極的にはやらない」とのこと。そもそも、出演の動機からして「橋口監督がどうやって映画を撮っているのか見てみたかった」というものであり、撮影時も「感覚的には裏方」で「スタッフの人達の動きを観察していることが多かった」と言う。受賞について伺うと「我が無さ過ぎて良かったんじゃないですか」と一笑。


 表現者としての自己をごく謙虚に評価するリリーだが、その一方においては、謙虚さゆえの傲慢さで、こちらが返答に倦ねてしまうような辛辣な批評を展開することも。とりわけ、プロフェッショナルと一般に称されている人間に対して、リリーは極めて懐疑的な態度を示す。


「本当に素晴らしい人達ってどのジャンルにもいるじゃないですか。例えば、先輩のみうらじゅんさんにせよ、大竹伸朗さんにせよ、先月号のZに出てた丸尾末広さんにせよそうですけど、この人には適わないなって人はたくさんいるんですよ。ただ、そういった人達と同列に、ほんっと、なんのエネルギーも魂も感じない、しょーもないクリエーターもたくさんいる。そういう奴に限ってプロ面してるんです。でも、若い時ってそういう人達に怯えちゃうんですよ。俺も学生の頃とかに、ちょっと気に入った女の子とかが青山のデザイン事務所の社長と付き合ってるとか聞くと、『うわ、青山でデザインしてる社長なんて到底かなわない』なんて思ってましたけど、今考えればどうせしょーもないデザインしてるんだろうって」


 才能があるにも関わらず経済的な事情などから就職せざるを得なかった者達、あるいはプロフェッショナルを名乗る人間に徹底的にスポイルされ夢破れてしまった者達、リリーはそういった多くの若者の挫折を目の当たりにし、その都度、義憤を感じてきたと言う。


「能力のない者が能力のある者を潰そうとしてる感じ。プロ面してるんじゃないよ、下手糞のくせにって。それを俺みたいなチンピラに言われるくらい甘い世界になっちゃってるんです」


権威を振りかざすしか能のない、しょーもないプロフェッショナルであるぐらいなら、己の至らなさを素直に認め、潔くアマチュアでありたい、逆説的ではあるが、それこそがリリー・フランキーのプロ意識。


「だから今、学生の人達や、昔の俺みたくプロって肩書きに怯えている若い子たちがいたら教えてあげたいんすよ。しょーもないぞあいつら、だからおまえにもできるよって(笑)」

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