ソドムの百二十冊 樋口ヒロユキ 002

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第二回

筒井康隆 『ポルノ惑星のサルモネラ星人』

筒井康隆 『陰悩録』



 フランスの思想家、ジョルジュ・バタイユは、「シテハイケナイ」からこそ「シタイ」という欲望、つまり禁止と侵犯のメカニズムこそが、エロティシズムの根本だと説いた。なかでも最大の禁止は「死」であって、放っておくと死ぬまで人間はエロスを追求するのだ、というのがバタイユの理論である。


 だが、死とエロスが隣接しているのは人間に限らないようで、求愛行動と威嚇行動が似ている動物は、自然界にも数多い。鳥類はいずれも求愛時に威嚇とよく似た振る舞いをするというし、ハエトリグモのオスというのは、求愛のときも威嚇のときも、同じように脚をふりあげて歩くのだそうだ。


 また、カメが求愛を行うときは「ツメ振り」といって、小刻みにツメを振る動作をするそうだが、カメはこれを威嚇の際にも行うという。カワハギの一種のアミメハギという魚もそうで、求愛のときも威嚇のときも、相手にヒレや腹部を見せつけながら泳ぐらしい。相手がオスなら威嚇行動、メスなら求愛行動になるのである。バタイユは死とエロスを近接させる欲望を、人間に特有のものと考えたが、実はこうした欲望のあり方は、かなりの生物に共通するのだ。


 オスがエロスを発動させ、メスの体を求める際には、ほかのオスとの競争が生じる。ほかのオスへの威嚇行動が巧いオスほど「強いオス」ということになるから、メスは威嚇行動の巧いオスに、自然と魅力を感じるようになる。攻撃の動作と求愛の動作が似てくるのは、いわば必然なのである。エロスのすぐそばにタナトスがあるのは、生物学的に見ても理に叶ったことなのだ。


 では、こうした死の欲動、タナトスを伴わないエロスというのは、自然界にはありえるのだろうか? タナトスによる生存競争を伴わず、エロスだけですべての行動原理が貫かれる生物種、エロスだけで種と種がつながる生態系はありえるのだろうか?


 答、ありえる。ただし、ほかの惑星の生態系なら。……そんな架空の生態系を、惑星丸ごと一個分、妄想で作り上げて書かれたのが、筒井康隆の小説『ポルノ惑星のサルモネラ人間』である。この小説の舞台の「ナカムラ星」は、どういうわけか徹頭徹尾、いやらしい生物ばかりで生態系ができた惑星だ。そこで地球から来た探検隊が、この惑星の謎を解き明かすのが、本作のあらすじなのである。


 作中に出てくる生物はいずれも奇想天外なものばかりである。胞子を飛ばして女性を妊娠させる妖草ゴケハラミ、動物と見るや絡み付いてきて陰部を摩擦し、射精させる水草クジリモ。頭部が陰茎に酷似したペニスズメや、常に全裸で生活し、不特定多数の異性とセックスを続けるママルダシア人などなど。植物から霊長類まで、想像を絶するエロティックな生き物ばかりなのである。


 しかもこの惑星では、食物連鎖ならぬ性欲連鎖の輪によって、生態系が保たれている。たとえばクジリモは川に入ってきた水棲動物に射精させるが、それを養分にクジリモが増え、このクジリモを水棲動物が食べて繁殖する、といった具合である。こうしたエロスの結ぶ共生関係で、ナカムラ星は覆い尽くされているのだ。


 では、どうしてこんな惑星ができあがったのか。そこを説明してしまうと面白くも何ともないので、本書を是非、お読みになっていただきたい。ラストは非常に感動的で、いっけん奇妙に見えるこの惑星が、ひどく魅力的なものに思えてくるはずだ。


 だが、それと同時に一読後は、我々の暮らすこの地球は、なんと殺伐とした惑星なのかと思わざるを得ない。この地球という惑星では、人間ばかりか全生物が、常に競争と抜け駆けばかりを考え、ほかのオスたちを蹴落として、メスを奪い合っている。ナカムラ星の住人が我々を見たら、なんと野蛮な人種かと軽蔑するに違いない。やはりバタイユのいう通り、我々人間のエロスは本質的に、死と隣り合わせの存在なのだろう。


 このように小説の形を採った、筒井康隆ならではのエロス論が本作である。ただし本作のアイデアは、バタイユでなくフロイトから来ている。よく知られている通りフロイトは、人間の心理を全て性欲に結びつけて解釈するエロス一元論を唱え、晩年にはエロスとタナトスの二元論に転じた精神分析家。筒井康隆は「フロイトかぶれ」を自認する作家であり、フロイト理論を応用した作品を、数多く執筆してきた人である。そんなわけで筒井の作品には、エロティックな作品が数多い。エロスと性欲に関わる短編ばかり集めた『陰悩録』なる短編集まであるほどだ。


 我々人類が生きるこの地球は、殺伐たる生態系に覆い尽くされ、タナトスの毒に犯されきっている。筒井文学はそんな我々の殺伐とした惑星を、豊かなエロスで解毒してくれる、文学的な秘薬なのである。







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樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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