nawashi of VOBO

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sima.psd文=荒玉みちお
写真=石島祐士



調教女体4000人…鬼軍曹と畏れられる
SM界の生きる伝説=志摩紫光の素顔とは?



 断崖絶壁からの片足吊り、遭難覚悟の雪山での全裸緊縛、四輪駆動車で雪道を全裸引回し、水責め、針責め等々、伝説の調教師・志摩紫光の責めは容赦ない…。というのは、あくまでも映像や画像を見る側が受け取る印象である。しかし伝説の調教師はそれをやんわりと否定する。取材の間中、彼が我々に見せてくれる数々のハードプレイは「深い愛情」と「その確認」、そして「その結果のステップアップでしかない」と言った。そして「それは誰にでもできることなんだよ、と言いたいだけ」とも付け加える。確かに、目の前にいる中年紳士は「鬼」というイメージからは想像もできないロマンティストだった。取材陣の中で一番若いMが、ピュアな心で興味津々に質問した「SMへの目覚め」に対して応える伝説の調教師は、まるでメルヘンの語り部といったソフトな口調である。




「家が非常に貧しかったもので、お小遣いというものを貰えなかったんですよ。本が好きだったんだけど、新刊本は高いでしょう。それでよく、本を探して古本屋巡りをしていたんです。特に何を探してるというんじゃなくて、幸田露伴とか、漱石だったら『門』や『三四郎』だけでなく、それ以外だって名作はあるじゃないか、自分で探してみよう、そういうふうな気持ちがあって。


だからいつも古本屋に行ってたわけです。それでたまたま行ったところで平積みされた『奇譚クラブ』を見つけた。白表紙で何の雑誌かわからない。だから何だろうと、何気なく手にとってみてパッと見たらこういう写真(女が後ろ手に軽く縛られてる)が載っていたということで凄いショックでね。


今の感覚でいったら別にどうってことないでしょ? でもその当時はまったくなかったから、頭のてっぺんからドーンと電流が流れたようなショックを受けて、開いたまんま閉じれなかった。古本屋のおばちゃんに“子供がそんな本読んでるんじゃないよ”と怒られて我に返って店を飛び出していったというね。それがこの世界を知ったきっかけだった」





伝説の調教師・志摩紫光が誕生した瞬間といっていいだろう。興味津々の編集Mは次に「初恋」のエピソードを聞きたがった。一瞬、伝説の調教師はたじろいだが、若いマニア志望者に淡い恋物語を語り聞かせるように話しを続ける。




「そんな中学時代を過ごし、高校に入って初恋というか好きになった女の子がいて、でも僕が好きになった子はクラスの他の男を好きで、で、僕のことを好きになった子って、僕の好みではない女の子だったんですよ。その子は凄くマメな子で、靴箱に手紙を入れてきたりとか、僕のイニシャル入りのハンカチをくれたりとか、誕生日に手編みのマフラーにカードを添えてくれたりとか、仕舞いには毛糸の手袋まで編んでくれたりして。


それだけしてもらうと僕のことを好きなんだろうなというのはわかるんだけど、僕はその子のことは好きではなかった。でも、そこまでしてくれる子に面と向かって好きじゃないといえば傷つくだろうなと思ったし、可哀想だなと思ったんで、嫌われようと思ったんです」





子供の恋愛は大人以上に複雑だ。





「それで、たちまちうちに来たことがあって、そのとき“俺のこと好きなの?”と、ざっくばらんに聞いたんですよ。そしたら“うん”と。だから“じゃ、俺の目の前で裸になったよ”と言ったんですよ。別に裸にしたい、見たいやりたいってんじゃんくて、嫌われることを期待してね。でも、黙って服を脱いでいくんです。あれ、困った、どうしよう。今みたいな高校生の感覚じゃないから困っちゃってね。


どうしよう、ホントに脱いじゃうの? 結局、パンツ1枚になった。女の子って男の子より精神年齢が3~4歳上なわけですよ。だから男に脱げと言われたら次に何をされるか、ある程度は頭の中で分かるわけですよ。だけど僕の頭の中にはそういうことは全くなかった。どうしよう、でもここまで言ったら逃げ出すだろうと思って“パンツも脱げ”と言ったんです。そしたら脱いじゃった。そのときたまたま縄跳びの縄が机の横にかかっていたんで、反射的に“縛ってもいいか?”と聞いちゃったんですね。


たぶん『奇譚クラブ』なんか読んでいたんで、そういう言葉がでてきたんだろうけど、女の子が素直に頷くから頭の中が真白のまま縛ったんです。どういう風に縛ったか、もう忘れたけど、そしたら女の子がポタリと涙を流した。それがめちゃめちゃ可愛く見えたんですよね。それで思わず後ろから抱きしめたという、それがきっかけなんです」





結局、彼女との“緊縛関係”は高校を卒業するまで続いたが、セックスをしたのは高校を卒業してからだった。





「高校を卒業したとき、彼女の家は食堂をやっていたんですよね。その頃はまだ首都高速も出来上がっていない時代で、地方から出稼ぎに来てた飯場の人間を相手にするような食堂で、その子は3人兄弟の長女で、飯場のおじさんたちにも人気があったんですね。で、何かのときに2人で歩いてるとき、たまたま店の常連が車で来て“帰るんだったら乗っけてってやるよ”と。


常連だから安心して載ったら、ホテルに連れ込まれたという。そのあとに会ったときに神妙にしているから何かあったのと聞いたら泣き出して、実はと。それが山の中に連れ込まれたとかだったらわかるんだけど、ホテルなんだから入る前になにか言えるだろうと、責めたんですけど、声を出せなかった、と。結局、女は男に対して抵抗できないというか、そういう時代だったんでしょうね」





それから3ヶ月後、彼女は今度は出前先で犯された。しかしその男は彼女を愛しており、結局、その1回で妊娠して結婚することになり、別れたという。これが伝説の調教師の淡い初恋物語である。





「足かけ五年かな、付き合ったのは。会う度にいろいろ縛ったんだけど、何かを参考にというのではなく、そのときそのときの彼女の反応や表情を見ながらね。だから彼女が志摩流の縛りの原型を作ってくれたようなものですね。セックスはやったけれども、やる前も後も、それほど強い願望はなかったんです。それよりも縛られている時の彼女の可愛い姿があまりにも印象的だったんで、やっぱり形から入ったというか、美意識が強かったというのかな」





原点はここにある。その後、交際する相手はほぼ縛ってきた。そして、それを仕事とするようになり、より深い愛を求めるようになる。





「自分の言うことをどこまで受け入れてくれるか、受け入れてくれたらさらにステップアップさせてあげたいという気持ちがあるんです。初めて会った人間に縛らせてくれと言われてハイという女の子なんか絶対にいない。だから結局、信頼関係、愛情があるから縛れるんです。愛情の答札があるからできる世界なんです」





志摩氏の作品に登場する女たちは、俗に「志摩ガール」と呼ばれる。いずれも志摩氏に口説かれて縛られて、ビデオに登場するまでになった素人さんばかりだ。





「今までいろんな女の子を口説いてプレイしてきたけれども、最初からSMに興味ある? 縛られるってどう思う? とかは1回もない。それこそ恋人同士の関係をまず作る。全部そこが基本で、そこが土台で、それがあるから次のステップへいけるんです。そこに至って縛りが入ってきたり、露出というものがあったり。そうすると、2人だけにしか分からない秘密の行為というのが、女の子にしてみれば嬉しさの感情として芽生えてきたりするわけで」





これまでに縛った女は4000人、制作したビデオは1000本を超える。





「僕は俗に言うモテるタイプの男ではなかったから、自分のほうから話しかけていくほうだった。今考えると、相手のことを褒めていけばよかったんだけど、僕ってこういう人間なんだ、こういう考えを持っているんだ、と自分のことをガっとしゃべっていたんで、相手が自分に興味を持っている人であれば聞いてくれたんだけれども、最初に好意を持ってくれていなかった女の子にまでそういう話をしてもうまくいかなかったですよね。最初に女の子のことを一生懸命に誉めていった方が本当はよかったんでしょうけど、そのときはよく分からなかったんですよ」





意外にも志摩氏は「SM」という言葉が好きではないと言う。





「サディズム、マゾヒズム、両方とも精神の病名でしょ。最終的に相手を責め殺す瞬間にエクスタシーを感じる。Mはその逆で、結局、死に至るんです。僕らはそんな世界をやってるわけじゃない。言ってみればDBの世界ですね。Bはビンディング(拘束)。愛情で相手を占有するという意味での拘束です。Dはディシプリン。懲罰という意味です。刑罰ではない。

親が叱るとか先生が叱るとか、おまえのしたことは誤ってることなんだよと、諭し、正して、本来あるべき姿に戻すことが懲罰でしょ。SMという精神異常の世界とは違うことを僕はやってきたつもりです。それは作品にしても同じで、相手をどこまで責め苛めるかではなくて、愛情関係があればここまで女の子はできるんだよという、その姿を通して訴えているに過ぎないんです」





孤高の調教師は独特の恋愛観で女たちを愛し続けてきた。それは今でも進行形だ。







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PROFILE
志摩紫光(しましこう)
東京都出身。その他不詳。幼少時に見た『奇譚クラブ』に衝撃を受け、高校在学時の縛りをきっかけに独学で緊縛を学ぶ。以来、実践をベースにその技を磨き、「志摩流縄縛術」を確立。現在、女体調教師として、映像制作を中心に活躍している。