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文=荒玉みちお
写真=石島祐士



一部のマニアとの交流によってのみ緊縛を行ってきた巨匠=濡木痴夢男が遂に登場。現在、さまざまなメディアの発達によりSM界ならずとも
「本物」「偽物」
の境目が薄れ始めてしまっている。そこで、我々は生きるSM=濡木氏の声にあらためて耳を傾けてみたいと思う。



 戦後間もない頃に世間に出回った、いわゆるカストリ雑誌がエロ本の原型だと言われている。カストリとは「糟とり焼酎」から来た言葉で、戦後に急造された密造酒を総じてそう呼んでいた。3合飲めば目が潰れると言われた粗悪酒で、これをもじって「3号で潰れる雑誌」をカストリ雑誌と呼んだわけだ。昔の人は言葉遊びがうまかった。




 この「3号で潰れる…」というのは売れなくて廃刊になるケースも多々あったものの、本音のところでは「長く続けると当局から目を付けられる」という理由で、意図的に3号程度で潰すケースが多かったという。3号で潰して、すぐに発行元とタイトルを変えて同じ雑誌を創る…その繰り返しで当局の目をごまかしてきた。そんな苦難の「カストリ雑誌」全盛の時代に創刊さえ、3号どころか30年も続いた雑誌がある。マニアのバイブルとして今でも多くのファンに支持されている『奇譚クラブ』である。この雑誌の創刊間もない頃に投稿者として参加し、その後メインの作家として活躍したのが濡木痴夢男氏である。小説はもちろん、告白というスタイルで様々な性癖を持つ人間になりきり、世間に様々なアブノーマル・スタイルを提案した。




「こんな性癖を持つ人間なんていないだろうというような物語でも、必ず読者から反応があった― 僕もそうなんです。日本に自分と同じ性癖を持つ人間がいたことに感激しました。あなたは私の同志です― そんな読者の反応が嬉しかった」





 そんな時代のエピソードは濡木氏の著書『奇譚クラブの絵師たち』(河出文庫)に詳しく書いてあるのでそちらを読んでいただきたい。つまり、いま世の中に出回っているSMはもちろん、アブノーマルでフェティッシュな性癖の数々のほとんどは、数十年前に濡木氏がすでに提案したスタイルであり、我々が酒場で「俺って脚フェチでさぁ」とか「女の鎖骨って魅力的だよな」などと堂々と軽口をたたける環境が整ったのは「濡木痴夢男」のおかげと言っても過言はないわけだ。


 ただ、本人はそのような環境を喜んでいるわけではない。むしろ、悲しんでいるのかもしれない。編集部の「当シリーズは緊縛師のインタビューで…」という説明を聞き、ふむふむと頷き、中絶、輪姦プレイ等々、そんな過激なマニアプレイがてんこ盛りの本誌(ニャン2倶楽部マニアックス)をパラパラとめくりながら言った。




「おれ、他の緊縛師って知らないんだけどそんなにいるの? 考えてみると緊縛師って現場でひとりしか必要ないんだよね。他の人のをビデオで観ることもないしさ。必要ないもんね。見学に行くのもあれだし。一度、古いモデルで早乙女広美ってのがいるんだけど、彼女と一緒に内緒でショーを見に行ってレポートするって企画は面白いんじゃないのって話をしたことがあったんだけど実現しなかったなぁ」





 濡木氏はサブカル的なノリのSMショーはいっさいやらない。




「ぼくはね、ショーはね、あんまり…あんまりというか絶対にやらないんですよ。つまりね、そういうものは好きな人と好きでない人がはっきり分かれてるから、好きでない人に見せたくないんです。まあビデオではしょうがないけどね。ビデオは勝手に買って観るものだからね」





 濡木氏の緊縛をライブで観たければ『緊縛美研究会』(通称:緊美研)の会員になる他ない。





「僕が相手にする女の子って、一生懸命やってる女の子ばかりなんです。つまり緊美研にくるとわかるんですけど、遊び半分ではないんですよ。ショーではないんです。それをショーにして見せるというのは女の子に対する冒涜ではないかと思ってね、とっても嫌なんですよ。一種の、何というかな、女の子たちは好きで来るんであってね。


むしろ、どうしようもなく、そこへ来なくちゃいけないような女の子たちばかりなんでね。お金になるからとショーの芸人になっちゃうのは好きではないんです。ぼくも不思議だったから、早乙女に聞いたことがあるんですよ。どうしてあんな、普通のおじさんたちの前でやるんだと。彼女は観客は無視するんだって言ってました。自分の殻に閉じこもって自分の世界でやってると。まあ、そういう女の子もいるんでね、ダメというわけではないんだけど」



 緊縛美研究会、通称「緊美研」が発足したのは1978年頃のこと。その数年前、元祖マニア誌『奇譚クラブ』が火を付けたアブノーマルな世界観が「SM雑誌」という新ジャンルを確立して爆発的に世間に広まっていた。全盛期には月刊ペースで30数冊も書店に並んでいたというから、ブームの凄さがわかる。それまで人に言えない性癖を抱えていたマニアが、大手を振って世間を歩ける日がやってきた…という展開になると思いきや、実際は逆だった。





「SMといっても、縛って股の間にバイブを突っ込んだグラビアが普通になったんでね、それもあって始めたんです」




 ただ女を縄で縛って股間にバイブを突っ込んだグラビアが当たり前のように載る雑誌、いかに股間をギリギリまで見せるか、消しの薄さで勝負する雑誌、そんな雑誌をSMと言うならば、俺のこの性癖はSMと言わないんだ……本物のマニアたちは再び殻に閉じこもるようになってしまった。そこに「違うだろう」と登場したのが緊縛美研究会だった。発起人は、濡木痴夢男、カメラマンの不二秋夫、杉下なおみ他数名の女たち。主催する不二企画のホームページにはこう書いてある。





―緊美研の主催者たちは、縛ったり縛られたり撮ったりと、それぞれが当時の風潮のなかで仕事をしていたのですが、股間を見せる手段としてのSM写真に反感を持っていました。本当の緊縛美を、緊縛写真を実現するために会が発足したといえます。そして会員に多くの賛同者が集まり、緊縛美研究会は3桁を数えるほどの開催をしてきたわけです―





 マニアのマニアによるマニアのための組織が結成された。そして1985年頃から地方在住の会員のためにビデオを撮り始め、その後、一般に販売するようになった。そして『奇譚クラブ』の白表紙時代(当局の摘発を恐れ、モノクロの目立たない表紙になった時代)を彷彿とさせる会報誌『緊美研通信』を創刊。


 ところで、この「緊縛美」という言葉について濡木氏は著書でさりげなく「別に美しく縛ろうとは思っていません。ただ無駄なく効果的に縄をかけようと思っているだけです」と書いている。素敵だ。


 緊美研は、原則として1ヶ月に1回開催(現在は不定期開催)。1回の参加料は3万円と安くない。





「毎回参加するとなると、1年間に36万円払わなきゃいけない。10年来た人は360万円払ってるわけだ。だから偽物は来ないんです。SMショーを見る客って漠然と雰囲気が好きな人でしょう、たぶん。だけど緊美研に来るマニアは本物。似てるようだけど違うんですよ。だから雑誌の取材が入るのを凄く嫌いますね。そういう人たちを偽物だと思ってるから。本物と偽物の区別が厳しいんですよ」




 そういうマニアたちは何を求めてやってくるのか。





「マニアたちが絶対に嫌がるのは、女の子を裸にすることなんです。だから雑誌で、女の子が足を広げて股間にバイブ突っ込んでいるようなの、あれをもの凄く嫌がるんですよ。フェチストが多いからね。アブノーマルな人間というのは、彼らは彼らなりの矜持があるわけですよ、プライドが。俺はそんなところに欲情しない、そんな大股開きの女に欲情するような凡人ではないとかね。僕自身もそうだし。そんな熱烈なファンばかりなんです」





 北は北海道から南は沖縄まで、マニアの数だけ、フェティッシュの種類もある。だから緊美研では、参加したマニアたちの望みをひとつひとつ聞き、それを濡木氏が実践するというスタイルをとる。もちろん、縛られる女たちの望みをかねてあげるのが一番であるのは言うまでもない。





「初めて来る人は、最初に電話で聞くんですよ。何が好き? 高いお金を払ってくるんだから、あんたの好きなことやってあげるよって。すると“猿轡が好きなんです。もの凄い恥ずかしいお願いを聞いてくださいますか。私の好きな模様のついた手ぬぐいで猿轡をやってください”と。そういう人は5年も10年も来ますよ。中には何も言わない人もいるんです。何も言わない人は本当の縄マニアだからね。全体を見て楽しんでる。でもまあ縄マニアは少なくて、10人のうち9人まではフェチかな」





 どうしてもそこへ来なくてはならない女たちも様々だ。





「いろんな人がいますよ。教育者もいつし独身も人妻も…。去年は某国立大学の大学院に行ってる女の子が、SMに関する論文を書きたいと言って見学に来たけど、むずむずしているから“縛られてみるか?”と聞いたら“お願いします”とね。縛ってあげましたよ。ワッハッハ~」





 大きな声を出して笑った。エネルギッシュな人は何歳になっても変わらない。




「だけど、そういう背景はビデオでは出さないですよ。うちはそういう、身元がバレそうな要素は一切排除してるから」




 SMは秘め事なのである。




「女の子に何をして欲しいか聞くんだけどなかなか言わないね。すらすら言うのも逆に本物ではないんだけどね。だから現場でやってるうちに、女の子の本当の姿を引き出す。縛ってるうちに、女の子の反応を見てるうちに、こんな一面もあるんだと引き出していく。彼女自身も気付いていなかったところで激しく反応するケースもある。そうなると、いいものが出来ますね。ある意味、闘いです。せめぎ合いですね」



 最後の質問。濡木痴夢男の「美人観」と「不美人観」を聞いた。




「顔ではない。問題は反応なんです。肉体美でもない。逆に歪んでたほうがいいね。うちで凄い売れた女の子がいるんです。20本くらい出たかな。でも太ってる。肥満体ですよ。ただね、性格がいいんです。性格の良さが反応に出るんです。だから結局、マニアが見て“この女の人だったら自分の性癖を受け入れてくれるんじゃないか”と、そういう雰囲気のある女の子がいいね。


だからうちのスター女優がショーに出て、単なる好奇心だけのお客に見せたら怒るかもね。何でこんなデブを見せるんだって。ワッハッハッハ。逆に不細工な女、それは羞恥心のない女でしょう。自分に劣等感がないと、女は羞恥心が出ない。劣等感があるということは神経が細やかだということでね。劣等感もなく簡単に股を広げられる女はSMとはまったく関係ないんですよ。そんな女の子ばかり載っけてるからSM雑誌は衰退したんでしょうね」



 マニアの教祖さまの言葉は重い。


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PROFILE
濡木痴夢男(ぬれき・ちむお)
1930年、東京生まれ。当時、異端であったSM誌「裏庭」などの編集を手掛けながら、同時に小説・SM秘話を多数発表する。緊縛美研究会を主催し、緊縛の美と魅力を探求している。