エロ年代の想像力 第三回

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エロ年代の想像力

#03 『 少女セクト 』

アニメルカ出張版



 前回当コラムでは、貪欲なエロ年代的想像力においては、アナルが開発=快発されるように、BL/やおい的想像力の開発も目指されねばならないことを確認した。


 しかし改めて付けクワエるまでもなく、男性のBLアニメ受容めぐっては、性の非対称性が描き出す特有の困難がつきまとっている。


 もちろん、男性視聴者/論者でも、BLを論じること自体は不可能ではないだろう。しかし他方、BLというジャンルは多くの場合、われわれをカクことの危機に直面させる。女性向けポルノ作品をめぐって男性がカクことの困難??だが本来、その〈危機〉こそが〈クリティーク〉が勃ちあがる場であることを忘れてはならない。


 そこで今回は、BLと構造的類似性を持つジャンル、百合/レズアニメ作品を取り扱ってみよう。




『少女セクト』
(監督:碧嵯龍成、製作:少女セクト製作委員会、全3巻、2008年)





 「セクト」という言葉は、今や字義通りの分派という意味よりも、反社会的な危険分子として読まれる。そうした禁忌性を体現するかのように、『少女セクト』に代表される百合/レズ特化な18禁アニメは、アニメ史を振り返ってみてもほとんど見出すことができない。「新百合ヶ丘」という駅名にすら胸踊らす者が少なくない中、『エスカレーション』シリーズや『いけないマコちゃん』シリーズといった18禁OVA最初期の『くりいむレモン』シリーズ(1984-87年)か、直近でもその続編『エスカレーション ディ・リーベ』(2001年)にまで遡る必要がある。


 特に『少女セクト』の場合、そのドラマ性の強い作風が、ポルノアニメでは著しく希少と言える。そもそも18禁アニメにおいては、1話内にセックスを盛り込むという特殊な制約のもと、(恋愛)物語をつむぐに十全な時間は与えられていない。恋愛はひたすら性愛へと読み替えられ、唐突な性行為によって物語は切断され続ける。


 ところで東園子が「妄想の共同体」で、やおい(BL)作品を「キャラクター間の関係性を恋愛というコードによって解釈するゲーム」と分析したように、ポルノ作品であるにも関わらず、BLでは恋愛物語的要素が強いことはよく指摘される。この傾向は『少女セクト』においても伺える。実際、百合/レズとBL/やおいは「(受容者にとっての)異性同士の同性愛」という同一構造を持つのだから、つまり作中での恋愛ドラマの前景化は、そうした構造のみならず物語類型や想像力の領域においてまで、百合とBLが強い親和性を持つことを示し始めるだろう。その点において『少女セクト』で描かれる美しい同性恋愛物語は、逆説的に最良の菊門入門としても機能しうるはずだ。





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『少女セクト?Innocent Lovers?』
1時限目



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『少女セクト?Innocent Lovers?』
2時限目



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『少女セクト?Innocent Lovers?』
3時限目




 以上0721文字。われわれ百合愛好家は、この花粉症の季節に相応しく、百合だけではなく同様に薔薇にも発情可能なのではないだろうか。またもちろん一般の意味においても、女の子がイチャイチャするくらいの空気系的ソフト百合ばかりがもてはやされる昨今、少女漫画の流れをくみつつも性愛描写も過激な『少女セクト』は、原作漫画はもちろん、それを巧みに再構成したこのアニメ版も、そのこだわりを持った下着描写と合わせて、より見られる必要がある。


 なお、3月14日のホワイトデーといえば白濁液を連想する者が少なくないが、個人的には百合カップルにはバレンタインデー同様にイチャイチャしてもらいたい。




PROFILE
反=アニメ批評(@ill_critique
アニメ批評同人誌『アニメルカ』責任編集。
思想恥部シリーズ『エロ年代の想像力』責任編集。
『エロ年代の想像力』のほうは現在、ジュンク堂 新宿店、MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店、COMIC ZIN、タコシェ、および通信販売で好評発売中。
『アニメルカ』オフィシャルサイト
反=アニメ批評