内なる辺境の人々 × 駕籠真太郎

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内なる辺境の人々

駕籠真太郎

駕籠真太郎というジャンルを作りたいというのがある

文/辻陽介 写真/藤森洋介


(2009年12月/下北沢にて)


 舞台は東京世田谷。若い女性の胴体が次々に切断(輪切り)されるという“連続輪切り魔事件”を巡り、二つの物語がパラレルに進行していく。一方の主人公は、喫茶店に勤務するごく平凡な若者。もう一方の物語で描かれるのは、エログロ漫画ばかりを描くことに食傷し、新たなジャンル開拓としてミステリーに挑もうとしている漫画家、駕籠真太郎の姿である。実は喫茶店の若者こそが“連続輪切り魔事件”の犯人であるのだが、これは重大なネタバラシにはならない。物語の鍵を握るのは、作品内に登場する駕籠が執拗なまでに説明を施している“叙述トリック”という言葉だ。幾度も反転を繰り返す虚実、頁を手繰るごとに深まる謎、果たして“連続輪切り魔事件”の真相とは何なのか?  二つの物語が交差する時、全ての謎は驚愕の結末へと向けて一挙に収束していく…。


 駕籠真太郎の最新作『フラクション』。駕籠にとって初挑戦となるミステリー長編だが、掛け値なしに面白い。私が率直な感想を述べると、駕籠は満更でもない様子で「それなら良かったです」とはにかんだ。




叙 述 ト リ ッ ク と い う 試 み




「長編連載というのも何度かやったことはあるんですけど、最後まで物語を考えて作ったことってなかったんですよ。いつも、その時その時の行き当たりばったりみたいな感じ。だから、約一冊分くらい使って丸々ちゃんとした一本の話を書き下ろしで作ってみたいなってのがあって。で、やるんだったら連載向きではない話をなんとかできないかなって思い、もともとミステリー小説が好きだったので、それを漫画でやってみよう、と」


 物語の舞台ともなった世田谷区下北沢。その日のインタビューは、下北沢駅から徒歩で数分の場所に位置する大衆居酒屋店にて行われた。下戸だという駕籠は、酒ではなく烏龍茶を啜りながら、新作『フラクション』に込めた思いを語る。


「ミステリーが好きな人はいっぱいいるのに、意外とミステリー漫画は少ない。漫画にしづらいところがあるんですよね。あまり成功しないんじゃないかなって気はします。『名探偵コナン』とか『金田一少年の事件簿』とか、ああいった冒険ものみたいな感じにすればひょっとしたら出来るのかも知れないですけど、純粋に大人向けなミステリーというのはなかなか難しい」


 ミステリーを漫画で描くのは難しい。しかし、だからこそ挑み甲斐がある。それに勝機がないわけでもなかった。まず浮かんだのはオチとなるトリック。そこから逆算的に物語を練り上げた。


「漫画の中でも説明してますけど、ミステリー小説でよくある“叙述トリック”というのが僕すごい好きでして、いわゆる読者そのものを騙すってやつなんですが、それを漫画でなんとか再現できないのかって思って今回やってみたんです」


巻中掲載のキーワード解説集によれば、“叙述トリック”とは「読者の思い込みや偏見などを利用して騙す作劇上のテクニック」である。つまり、通常のトリックにおいて騙されるのが作中の人物であるのに対し、“叙述トリック”において騙されるのは読んでいる主体、すなわち私なのだ。


「でもそれって絵が見えない小説だからこそ成立するトリックですよね?」


 これは作中に登場する女性編集者の弁。対して作中の駕籠は言う。


「いや僕は可能性ありと踏んでいる」


 読む前の人間にあれこれ言うのも無粋ではあるが、読めばきっと騙される。すでに『フラクション』発売から一ヶ月以上が経過しているが、読者からの反響はどうかと尋ねると「どうなんでしょう、僕が見る限り反応はいいとは思うんですけど」。また、「いわゆるミステリーマニアの人が読んだらどうなのかっていうのが気になりますね」と息巻く。


 そもそも、駕籠はエログロ漫画の大家である。アメリカ版ウィキペディアにおいても、その名はエログロにカテゴライズされており、事実、『フラクション』以前の作品を紐解けば、酸鼻を極める悪趣味なモチーフの羅列に、ただただ息を飲まされる。だが、本作においてはそれらのエログロ表現は最低限に留められた。駕籠漫画の代名詞的存在であるウンコも、今回は出番がない。


「ここ最近出た単行本ってウンコ色が強かったんですよ(笑)。3冊ぐらいはウンコもの続いてましたから。自分でもそれはどうかなと思ってたんで」


 定石を封印し挑んだ意欲作は、同時に、漫画家としての今後を占う試金石という意味もある。


「昔は僕の本を読んでた人でも、最近ちょっと敬遠しがちになっちゃってるって読者もいると思うんです。あと、もちろん僕を全く知らない人もいっぱいいると思うし。正直、今回はそういう人達にこそ手に取ってもらいたいなって部分も強いんですよね。ウンコばっかじゃないぞって」

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