アブ世界の女たち ちこZ

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アブ世界の女たち ちこZ インタビュー

文/ANK 写真/五木武利

見た目は未成年者のようにあどけないギャル娘だが、ナメてはいけない。彼女は、マグロ漁用の釣り針を他人の肉体に突き刺し、宙吊りにして振り回すというボディサスペンションを演じる、今注目のパフォーマーなのだ。若干23歳のちこZ。現在のスタイルを形成することになったキーワードを探ってみると、驚くような濃縮人生が明らかになった—




“ちこ”は小さいの意、“Z”はインパクトで付けたというちこZ。その名の通り、見た目は、小さくてロリロリしている。ショートパンツのオーバーオールに、大きなボンボリ付きの髪飾りというまるで子供のようなスタイル。歌舞伎町や渋谷を歩いていると、よく怪しげな中年オヤジに声を掛けられるそうだ。しかし、そんな風貌に反し、本業は、他人の身体に巨大な釣り針状の針を突き刺して中空に吊り上げる、いわゆるボディサスペンションを得意とする過激パフォーマー。おまけに生まれながらのサディストであると主張する。果たして彼女はどのような経緯で現在の形に辿り着いたのか。23年の人生を振り返って貰った。


「子供の頃は、習い事にいっぱい通わされてました。水泳、バレエ、エレクトーン、そろばん、習字、空手…。そんなもんスかね。でも、厳しかったわけではなく、むしろチョー緩かったっスね。ワシは3人兄弟の末っ子で、兄ちゃん、兄ちゃん、ワシの順番なんで、まぁ可愛かったらしいですよ、メチャ甘やかされて(笑)」


出身は新潟県。なぜか自分のことをワシと呼ぶ、オヤジキャラも有している。


「でも、優等生じゃなくて、チョー悪ガキだったと思いますよ。先生に好かれてた記憶がないっスね。小学二年生のときに一番上の兄が亡くなっちゃったんですよ。で、四年生のときに今度はお父さんが亡くなって、そっから周りの大人たちに“かわいそう”な目で見られて、それが大嫌いだったんですよ、同情みたいな。『可哀想なんて思ってんじゃねーよ!』とか腹の中ではチョー思ってて。そっからですかね、ひねくれたのは」

立て続けに大きな不幸に見舞われたいたいけな少女。彼女の複雑な気持ちは誰にも判らない。やり場のないフラストレーションを抱えた小学生は、喫煙や万引きを繰り返した。


「四年生のときにタバコ吸いながらローラーブレード履いて友達と遊んでたんですよ。でも、その場所が、乾いた野原みたいなところでススキがいっぱい生えてて。で、そのススキを燃やして、『たいまつー!』ってみたいなことをやてたら、野原に燃え移って全焼させちゃいましたね。慌てて火種を足で踏み消そうとすんだけど、ローラーブレードだから、サクッサクッて感じで全然消えなくて(笑)。幸い、近所のオッサンが集まって消してくれて、人家に燃え移るようなことはなかったので、良かったみたいな。まぁ、兎に角、負けん気が強かったので、さっき言った『かわいそう』とか、『あの子と遊んじゃダメ』とか、そういう大人たちの会話が耳に入ってくると、それに対してやたら反発してたみたいな感じですかね」



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やがて一家は長野県に引っ越すことになり、ちこZは、知り合いのいない中学校に入学した。


「中学は、自分的には平和でしたね。ただ、母親が、やっぱり息子も夫も亡くしたことのショックで床に臥せっちゃって。それで、二番目の兄ちゃんもすごいなんか、「俺がしっかりせな」みたいになって、メチャメチャ厳しくなって、普段からボコられたりとか。襖をトンって閉めただけで、いきなり部屋から出てきて『ウルセーんだよ!』ってボコボコにされたり、食事のときも少しでも音を立てると即殴られたりする家庭でしたから、家に帰りたくなかったスね。でも、学生時代で言えば、中学がいちばん楽しかった」


本格的な家出はしなかったが、月に一回、東京に出るプチ家出を繰り返した。


「中学一年生のときからギターを始めたんですよ。そっからずっとバンド人生になるんですよね。『BANDやろうぜ!』(宝島社)のメンバー募集を毎月読んで、東京でバンドを組んで、長距離バスに乗って3時間半掛けて新宿に通ってました。メンバー同士が家族みたいに仲良くて、一人、自分と境遇が瓜二つ見たいなヤツがいて、そいつとはホント仲良かったですね。それで、友達の家に泊めてもらったりとか。スゲー雪降って、道路凍ってるのに、坂道をチャリでギター担いで、シャーって滑るようにしてバス停まで行って。自分の願望の為だから、そんなの苦労でもなんでもないと思って。いやぁ、あの頃が懐かしいっスねー」


遠い目をして想い出に浸るちこZ。ロック少女はいつの時代も純真だ。


「暴走族とかヤンキーになるコもいたけど、ワシはそういうのとはちょっと違ってましたね。結構、先生に噛み付いたりもしてたから、『朝からお前の顔なんて見たないわ』って嫌われてる感じもあったんで、学校には、給食の時間に行くくらいでしたけど」

 
ギターの練習とバンド活動に明け暮れる毎日。中学を卒業したら、東京でプロのミュージシャンを目指すと決めていたが、親にどうしても高校だけは行ってくれっと乞われて、地元の料理科学校へと進学した。


「もともと、料理とかも好きだったので、資格も取れるしと思って。だけど、やっぱり、なんかある日、学校行こうと思って家の玄関開けたときに空がメッチャ綺麗だったんですよね。それ見て、あ、学校辞めようと思って」

 
ロックな動機だ。しかし、そんな理由で学校を辞められた親も堪らない。


「バンドやりたいから学校辞めるって言ったら、チョー泣き出しちゃったんですけどね。それで、しばらくして、親に負担は掛けたくないから、今度は本格的に家出して、東京に出るための資金稼ぎを始めたんですよ」

 
働き始めたのは、県内のスナック的なお店。そこで裏世界の人種と知り合った。


「そっち系の方に、『店、やってみないか?』って言われて。援交斡旋と言うか、本番ありの派遣コンパニオンみたいな事務所を建てようみたいになって、色々動いたりしてましたね。イベントを企画して、駅前とかで声を掛けるんですよ、女子大生とかOLさんとか、年上の大人しそうな女性に。『こういう興味ありませんか』って。女の子が声を掛けた方が引っ掛かるんですよね。それで、お客さんに斡旋するんです」

 
自分自身は援交に手を染めず、操を守り通したと言い張る。年齢はまだ17歳。それから数ヶ月後に、憧れの東京に出ることになるちこZの性体験は、どうだったのか。


「初体験は、15歳のときで、相手はバンドの人。東京の彼の家でしたんだけど、別にこんなもんかぁ的な(笑)。衝撃も感動もなかったですね」


『こんなもんかなぁ』とは期待したほどでもなかったということらしい。ちこZは、その約一年前に性に目覚め、ちょっと変わったオナニー三昧の日々を過していたのだ。


「オナニーを始めたきっかけは、何かにアソコをぶつけたときに電流が走ったんですよ(笑)。それで、何だと思って、触り始めたら、もう、なんかスゲー衝撃で、自分の中でメチャ革命だったんスよね(笑)」

 
学校で、机の角にぶつけて、というAVのような展開を期待したが、実際は自宅にいるときだったという。


「それまで周りでそういうのやってるコもいなかったし、知識も何にも無かったので、余計ミラクルだったんですけどね、ウォーッみたいな。それで、そのとき彼氏はいたんですけど、そういうのを望める相手ではなかったので、もっぱら自分で(笑)。そのせいで初体験のとき、痛くもなく、感動もなかったんだと思いますね」

 
オナネタは主にレイプ物。


「ヤラれてる女の子を自分には置き換えてないんですよ。ヤダーッとか、キャーッて泣き叫んでる顔が好きなんです。殴られてる顔とか。でも、だからって別にバイセクシャルとかでもないんですけど。ただ、そういう女性を見ると興奮するんですよね。あのー、不謹慎なんですけど、『バッキー』てあったじゃないですか、AVメーカーの。あれが好きだったんスよね」

 
2004年のこと。AV女優の肛門に挿入した浣腸器具が破裂し、全治四ヶ月の重症を負わせたとして、ビデオ撮影会社の関係者が事情聴取されるという事件が報道されたが、これがいわゆるバッキー事件の始まり。その後、それまでに撮影されていた女優達も次々と被害届を提出。撮影で行われていた残虐行為が、演出ではなく、本当の暴力行為であったと訴え出る騒ぎになったとかで、マニアの間で話題となったことがある。


「あのぉ、軽いところでいうと、メチャクチャ酒飲ませて、『もう、飲めませんッ』とか『契約に書いてない!』とか泣き叫んでも、『関係ねぇ、飲ませろ!』って。で、気を失うとか、ゲロ吐いても飲ませて、最後は無理やりレイプ。有名なヤツでは、水責めですよね。水に沈めたり、飲ませたりして、とことん虐待して。噂では死んじゃったってヤツですけど。あれがやっぱり、燃えましたね。殆どのレイプ物って演技じゃないですか。でも、本気で泣き叫んだり、もう、放心状態でなんにも反応しないとか、そんくらいじゃないと本気度が伝わってこないですよね」

 
嬉々として鉄板ネタを語るちこZ。そのウブな見た目とのギャップに唖然としてしまう。初体験に失望したのも頷ける話。


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「結局、初体験の彼氏と付き合ったのは半年くらいスかね。でも、性的なことが原因ではなくて、なんか、若いのにメチャクチャ上手かったんですよ、ドラムが。それで色んな大会とかにも出て、アメリカに行くことになって、それで別れてって感じスかね」

 
その後は、例のバイトを経て東京に出るだけかと思ったら、まだ一波乱あったと付け加える。


「バンドとか上手く行って無かった時期があったんですよ。それで何もかもが嫌になって、もう、すごい心を病んで、クスリに手を出しちゃったんですよ。それで、バットトリップっつーか、錯乱して呼吸が止ったりして、親がヤベーって思って、救急車呼んで。そっから精神病院に強制入院させられて、それから3ヶ月ぐらい個室に閉じ込められていましたね」

 
何も娯楽のない軟禁生活。思春期の少年少女が、そんな生活を強いられたら、やることは一つに決まっている。


「やっぱオナニーとかしてましたね、ずっと個室だったんで。でも、今考えるとバレてたんですよ、病院の人には。なぜなら監視カメラが天井に付いてたから。でも、そのときは全然カメラの存在に気付かなくて、布団も掛けずに、全部開けっ広げでやってたんスよね。男性の看護士さんとか先生が見てたら、いいズリネタだったろうなと思いますけど(笑)」

 
そんな体験をしつつ、無事、東京に出てきたちこZ。最初の住まいは東京郊外の高幡不動。家賃三万円のボロアパートだった。


「女の子が住むような家じゃなかったですね。それで、男をコロコロ変えて泊まり歩いたりとか。貯金もそんなにあるわけじゃないから、カッコ良ければいいか、みたいな感じで付き合って、食事を奢って貰ったりしながら、バンド活動に打ち込んでたって感じスかね」

 
結局、その家には一年間住んだというが、やっぱり聞きたいのは性生活のこと。特にサスペンションやSMに繋がるエピソードは、まだないのだろうか。


「元々イジメるのが好きだって言うのは、ちっちゃい頃からあったんですけど、レイプ物に興味を持って、それで必然的にSMチックなプレイもするようにはなってましたね。まぁ、優しいところから行くと、ベルトやネクタイで手を拘束したり、それから、首閉めたり、殴ったりとか。逆にやられたこともあるけど、ハイになれなくて、自分は責める側の方がいいなと。あと、携帯でそういうSM関係のサイトを見て、自然とハプバーに興味を持ち始めて、結局、二十歳のときに働き始めるんですけど、そこからですね、現在の形に繋がるような転機が訪れるのは」

 
17歳で東京に住み付き、バンド活動に打ち込みながら一年を過した。そして、ハプバーで働き始めるまでの二年の間に、また、ある事件を起こしてしまった。


「あのー、東京に出てきてからも、また女の子の斡旋みたいなことをやってたんですよ。それで捕まってしまったんですけど、それ以外にも色々と余罪があったんスよね。普通にムカ付いた友達を殴ったりして警察沙汰になったり、コンビニやデパートで万引きして保護されたり。それで結局、二ヶ月間、鑑別所に突っ込まれて長野に帰らされてみたいな(笑)」

 
ホント見た目によらず、アグレッシブな人生を過して来たちこZ。無事刑期を済ますと、再び東京に舞い戻り、ついに憧れのハプバーで働き始めた。


「そこのスタッフがみんな、色んな技を持っていたんですよね。縄をやったり、エロに走ったり、お笑いをやったり。それで、自分も何か身に付けようと思って、まずは自吊りを始めたんですよ。それは、仲の良いスタッフさんがやってるのを見て、『なにそれ!? メチャ面白そうやん』ってなって。でも、それは、ダンス的な感覚でやってましたね、もともとステージに立つのが好きだったし」

 
そして、運命の出会いを果たす。


「その店では月一回のイベントが開かれていたんですよ。そこに月花さんやサスペンションのショーを初めて見て、『ヤベーこれ!』って思って。お客さんの中には、結構、気持ち悪くなったり、倒れたり、吐いたりしたりしたコもいたんですけど、ワシにとってはすごい革命で。それで、そのサスペンションをやってた人が働いていたハプバーに移って、一緒にショーをやるようになっていったんですよね。それで、今年の一月からはソロでもやり始めたって感じスかね」

 
もちろん、自分がモデルとしてサスペンションを受けたこともある。


「やっぱ、どんぐらいの痛みなのかとか、どんぐらいの負荷が掛かるかはやってみないと判んないので。まぁ、普通の生活をしていては感じられない痛みっスね。背中に四本刺したんですけど、その一撃がメチャでかいんですよ。ズド~ン!みたいな(笑)。それが四回来るって言うのがまずすごい。それから、吊り上げられるんですけど、今、穴開けたばかりのところを引っ張られて、自分の全体重が掛かるわけじゃないですか。まぁ、『ピギャーッ!』みたいな感じっスよね(笑)」



④.jpg 吊り上げられ、足が地面から離れるギリギリの瞬間がいちばんキツいそうだ。だが、中には、空中遊泳のような不思議な感覚を味わい、病み付きになるという者もいると聞くが…。


「ぶっちゃけ、完全に浮いてしまった方が楽なんで。ブラーンブラーンって横に振ったりした方が、重心がズレるんで、メッチャ楽なんですよ。それで確かに人によっては、空中遊泳やジェットコースターに乗ってるような感覚を味わえるみたいっスね。ワシは痛いだけであんまりなかったスけど(笑)」


 ちなみに終演直後の傷口の処理も、剥離した皮膚の内側に入り込んだ空気を絞り出さなければならないため激痛を伴い、また、その傷口が塞がるまでは一週間以上を要するそうだ。想像するだけで痛々しい。


「でも、刺す側に回ってみたら、『やっぱコレや!』みたいな(笑)。サディステックな感情が沸き上ってきて、テンションがメチャ上がるんスよね」

 
こうしてパフォーマーとしてデビューしたちこZ。今は独自の色を出す為に様々な工夫を凝らしている。


「元々は、サスペンションて人体改造から来たんで、そっちの世界でやってる方はまぁ多いんですけど、やっぱSM業界とかフェティッシュ業界で、サスペンションをやってるパフォーマーってなかなかいないんですよね。だから、やっぱそこは自分が行かな的なものがありますね。とりあえず、『この業界だから』という壁は取り払って、色んな要素を盛り込んだり。ファッション的にも、今さら女王様の格好をしても、面白くないじゃないですか。だから、普段着っぽいものでもショーをしてるし、ギャルやロリのテイストを入れてみたりとか。やっぱ新しいのをやっていかないと、ってのはありますね」

 
こんなアブナイ衝動もある。


「人肉を食べてみたいんスよね。それで、サスペンションしたときに、ニードルの中に、モデルさんの肉がごっそり詰まってるんですよ、ひき肉みたいに。それをたまに食べたりしますけどね。新鮮な内に生のままで(笑)。でも、ほとんどが脂肪なので、ドロッとしていてあまり美味しくはないです。それでもまた食べてみたい衝動に駆られてみたいな。結構、グロいことが大好きなので、そういうのも取り入れて行けたらなぁと思いますけど」


今は、サスペンションの他に、パチンコとアクションゲームにハマっているというちこZ。子供っぽさとサディズムの同居に、新しいエロティシズムを感じさせられる逸材であった。




(ニャン2倶楽部マニアックスvol.34に掲載)



ちこZ(ちこぜっと)
1986年新潟生まれ。自吊り、ボディサスペンションのパフォーマー。ステージ以外にも雑誌、DVDなどで活躍している。

【公式ブログ】凶悪ぶっちゃけデストロイ



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