アブ世界の女たち 月花

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アブ世界の女たち 月花 インタビュー

文/ANK 写真/五木武利

死体収集、家出、ホステス、女王様、犯罪、西川口、拉致監禁…。月花さんの青春時代を彩った出来事はどれも衝撃的でキャッチーだ。今や東京のアングラシーンを牽引する存在にまで昇り詰めたオーガナイザー兼パフォーマーの半生はまさに波乱万丈! 凡人では経験出来ない小説のような人生録をどうぞ。


今回は本誌でDVDレビューを執筆して頂いてる神田つばきさんからの紹介で『残酷天使』の異名を持つ月花さんにご登場頂いた。月花さんと言えば、『毒虫』、『桃色☆鬼まつり』など、数々のフェティッシュイベントの主催者として、サブカル系人種の間では有名な存在。老舗フェティッシュ・イベント『デパートメントH』では、レギュラー出演もこなし、針を使った特異なショーを披露するパフォーマーでもある。残念ながら筆者はそれらのイベントは観たことがないので、詳しくは語れないが、「毒虫」「桃色☆鬼まつり」などは、緊縛、舞踏、お笑い芸人など、エロに限らず多種多様な表現者が出演し、本人に言わせれば、「エロやフェティッシュなど何も考えず、ただ自分が観たいものを集めただけ」の見世物小屋であり、その結果、約三年前から月一回のペースで興行を重ね 次回(2009年12月22日)で43回目の開催となるというのだから凄い。これもすべて月花さんのセンスが多くの人から支持(感応)された証しであろう。まさに現代日本のアンダーグラウンドシーンを牽引する存在だ。


そして、実を言えば、筆者はちょうど10年前に月花さんと会ったことがある。そのとき彼女はまだ一介の女王様を名乗っていたように思う。そして、女王様稼業と併せて、まだハプニングバーなど存在しない時代に、フェティッシュバー“菜の花”を開店。よなよな変態嗜好を持った人々が集まる自由空間の女店長として世間の注目を集めていたので、当時編集者をしていた私はライター(荒玉みちお氏)と同行し、二時間余りのインタビュー取材を行ったのだ。もちろん、それきり接する機会も無かったので月花さんは筆者の顔など覚えていないだろう。しかし、私は取材時の記憶が鮮明に残っていた。それは彼女の身の上話がずば抜けて面白かったからだ。若干25歳の女性が語るには、余りにも濃縮された苛烈な人生。毎月、何人ものエロ業界人を取材している荒玉氏をも、「久しぶりに凄い話を聞かせてもらった」と唸らせたくらいだ。果たして彼女の口からもう一度、あの若かりし頃の話が聞けるだろうか。もしかしたら、アングラ界の重鎮にまで昇り詰めた現在は、もう自分の過去は、メディア上では振り返りたがらないのではないだろうか。それならば、あえて以前に面識があることなどは伏せていた方がいいのではないか。そんなことを逡巡している内に、待ち合わせの新宿区役所前に月花さんが豊満な胸元を揺らして登場。結局、何も言い出せないまま近くのカラオケ店に移動し、インタビュー開始となったのであった。




③.jpg「死んだ動物を拾い集めてたんですよ(笑)。犬や猫の死骸を拾ってきては、綺麗にトリミングしたり、ブラッシングしてノミを取ったりして。ネクロフィリア(死体愛好)とはちょっと違って、死体そのものも…、まぁ、興味があるっちゃありますけど、それより死体を見ながら生きてるときのドラマを考えるのが好きでした」


子供の頃の話である。月花さんがオーガナイズしているイベントのコンセプトについてお伺いしたとき、「最近の若い女の子たちは、『理想の死』をテーマに演出する傾向にある」という話から、月花さん本人も、幼少の頃から『死』というものに、少なからず興味があったと振り返ったのだ。編集邪魔堕が「廃虚好きみたいな感じ?」と尋ねると、「そうそう! 廃虚大好きなんですよぉ、あの時間の、歴史を想うのが好きなんです!」とちょっと大げさに同調する。サービス精神旺盛でエネルギッシュなタイプ。自分を両側から挟むように位置取る編集者とライターに忙しなく首を振って顔を向け、目をまっすぐ見詰めて話をしてくれる心遣いの細かい人だ。


「家の建物にパイプスペースですかね、鉄のトビラを開けると、鉄のパイプが通ってる空洞があるじゃないですか、そこを秘密基地にしてやってました。毎日毎日、腐って行く過程を見て、蛆が喰って行く様子とかも、ずっと観察してたこともありましたね。そのときの感情ですか? いやー凄いなー、ドラマだなーって(笑)。なんか、大作の映画を観てるみたいな、そういう興奮。それで、犬猫の死体はやっぱり周りの目が気になって小学生で終わるんですけど、昆虫採集は高校まで続けてましたね。昔は防腐剤の薬をプスッと注射器で刺す昆虫採集キッドってありましたよね。それにハマったんです。色々な虫を捕ってきてはプスッとやって命を止める。いま目の前で凄いことが起きてるのに、周囲は静寂に包まれたままだし、何の変化もない。そのギャップが何か、凄い映画を観てるようで好きでした。でも、収集する趣味はなくて、殺したらすぐに捨てちゃってましたけど」


自分の子供だったら病院へ直行レベルの奇行。いったいどんな家庭環境で育ったのかと興味が湧くが、これが意外にも結構なセレブ階級であった。祖母の父、すなわち曾おじいさんは土地の名士。そして、小学校高学年まで一緒に暮したおじいさんは高名な有識者。広大な敷地に住まうその土地では知らぬ者のない名家。しかし、内情は「結構メチャクチャっすね」と笑う。


「まず私は、〇歳の時に引き付けが原因で、四歳くらいまで下半身不随だったんです。幼稚園にもギブスをはめて車椅子で通ってました。でも、色々な障害が出て入退院を余儀なくされて…。だから友達も出来ないし、外にも遊びに行けない。病院での生活では、同年代の子供と接する機会もなくて、口を聞く相手は大人ばかり。それで孤独を感じていましたね」


おまけに小学校に入学するまで、障害を克服するための教育に過熱した両親によって、週に六日も習い事に通わされた。


「英語、お習字、クラシックバレエ、ピアノ、エレクトーン、児童楽団。なんかそれが大変だとか苦痛だとかって、4,5歳では分からないですよね。ただ漠然とですけど周囲の皆とは違うなってことは分かってるっていう感じ。例えば当時、不思議に思っていたのは、ドラえもんやサザエさんの世界。友達と遊んだり、イジメられたり、部屋で何かやってると、お母さんが「コラ!」って怒りに来たりとか、意味分かんないって。あれはファンタジーだとずっと思ってました(笑)」


以前のインタビューでは関西弁が混じっていたが、いまは完璧な標準語。悲愴感はなく、ポンポンと楽しげに話が進んで行く。


「お母さんが毎日家事をして、お買い物に行って、夕飯作ってみたいな光景は見たことがないですからね。基本、家にいない人だったんですよ、お店を経営したりして忙しくて。で、それが…、ここが結構ポイントなんですけど、父親が女遊びの激しい人だったせいか、私まで母親にライバル視されていたんですよ、子供の頃から。例えば、一緒にお出掛けするときに「私より可愛い服はNGね」って言われるんです。そんな風にライバル視される反面、私に対する執着心が余りない人でしたね。試してみたことがあったんですよ。お母さん、もうすぐ帰ってくるから隠れようと思って、お家の中で。だけど待てど暮せど探しに来ないっていう(笑)。辻褄の合わないことで叱られたりとか、色々ありましたね」


朝は父親が学校へ着て行く服を選んでくれた。そんな優しい父親が好きだった。だが、生来の遊び人気質は、月花さんをも悩ませることに。


「小学校二年生くらいの時かなぁ。ある日、家に掛かってきた電話に出たら、若い女の声だったんですよ。それで“あれ…、何々番ですか?”って訊くから、“そうです”と答えたら、“えっ、子供がいたのぉ、むかつくぅ”って切られたんです。それで、子供心にお父さんの愛人であることを悟って、“自分がいたら邪魔かなぁ”と思って、父親とも距離をおくようになったんですよね」


大人ばかりに囲まれて育ったせいか考え方も早熟だったようだ。そして、ヘンに冷めた子供になってしまった。


「小中高通しての悩みなんですけど、同級生と口をきくのが凄く苦痛でしたね。会話が噛み合わない。自分と他人との境界線が凄い感じられて、個としてこれは違うよっていう感じの捉え方をするようになりました、自然に。なので孤独なんですけど、かといって理解者を求めようともしない。一周してポジティブになっちゃった感じです。私は私、他人は他人。理解されなくて当たり前だと。だから親友と呼べるような友達は一人も出来ませんでした」


その一方で、気性の激しさも徐々に芽生えて行った。


「今もなんですけど、子供の頃から『エルム街の悪夢』のフレディに憧れていたんですよ。ホラー映画のファンの中には、『13日の金曜日』のジェイソン派とフレディ派がいると思うんですけど、ジェイソンは、子供時代が不幸だった、それがトラウマになっていた…というような理由付けがあるのが嫌で。自分も人に対して好きとか嫌いとか、そういう感情がなかったから、復讐や嫉妬で人を殺めるジェイソンより、ただ快楽の為に殺人を犯すフレディの方が理解が出来たんですよね。その他にも、殺し屋とか忍者とか、そういう強い者になりたくて、空手や少林寺拳法の教室に親に黙って通い始めました(笑)」


これは今回のインタビューでは語られなかったことだが、こんなエピソードもある。


「小学校5年生のとき、下校中に“研ナオコ”と言われてキレたんですよ(笑)。取っ組み合いになって、その子が持ってた縦笛を取り上げて、ボコボコにしてやりました」


死体を集め、必要以上に虫を殺し、快楽殺人者に憧れ、格闘技に夢中になる、孤独で冷淡な女の子。今の教育現場にそんな子供が現れたら、きっと大騒ぎするだろう。そしてオブラートに包み込むような、繊細な対応が取られたに違いない。だが、波乱万丈の人生を運命づけられた月花さんの周囲はそっとしていてはくれなかった。小学校の卒業を間近に控えたある日、両親から離婚することを告げられた。それが月花さんにとっての一大転機だった。


「少し前におじいちゃんが亡くなってるんですけど、それが家庭崩壊の始まり。結局、今まで住んでいたい家を引き払って、おばあちゃん、お父さん、お母さんがバラバラに生活し始めるんですよ。それで、“お前は誰と一緒に暮したい?”って訊かれて、色々考えた末にお母さんを選びました。本当はおばあちゃんが一番良かったんですけど、弟がおばあちゃん子だったので弟に譲り、お父さんは好きだけど、女がいるから一緒には暮せない。そうなるとお母さんしかいないと(笑)。子供心にどこで生活するのが安定するかみたいなことも考えて、体裁的にもお母さんだなみたいな」


しかし、前述のように、月花に対して無関心な母親の態度は、その後も変わらなかった。当然、親の監視が無くなった、一家離散の憂き目に遭った中学少女はグレにグレた。というより、思いきり羽を伸ばし始めたという方が適切か。


「ほとんど家に帰らなかったです。今思えば、そこが私の性的成熟の始まりかも知れないですね。女であることを利用したのは、そこからだと思う。家出少女を一泊させてくれる男っていっぱいいるんですよね。大抵、サラリーマンか大学生。そういう独身男性の所を泊まり歩いていました。そして、自然と家出少女同士って仲良くなるじゃないですか。中にはすでに売春を生業にしてるコもいて、そういうコは、レイプとかタダヤリとか、色んな危ない経験をしてるから、役に立つ情報を色々教えてくれるんですよ。完全に耳年増ですね。私も売春はしなかったけど、あっぶねーなぁみたいなことも何度か経験した」


生活必需品はすべて万引きで手に入れる。そんな荒んだ生活をしていながら、処女を喪失したのは意外と遅く、中学三年のときだった。相手は好きでも嫌いでもなかった担当美容師。いつものごとく「ま、いいか」と軽い感じで許した。


「感想ですか? 何にもないですね。まぁ、こんなものかと。皆さん、初めてウンコしたときのこと覚えてないでしょ。それと同じで、気が付いたらウンコしてたみたいな(笑)。セックスとウンコって近くないですか? セックスには、あんまり意味を感じたことはないですね、未だにですけど」


やがて、高校に進学し、大人びた色気を帯び始めた少女は、化粧をして夜の街へ飛び出し、刺激に満ちた毎日を過ごすようになった。


②.JPG「ホステス、カジノのディーラー、派遣のコンパニオンとか、年齢を誤魔化して目茶苦茶バイトして、自分でアパート借りちゃったりしてましたね」


当時はバブリーな時代。お客として知り合った社長や政治家など、お金持ちに囲まれ、「20代前半である程度の贅沢は尽くした」と言い切るまでの、相当羽振りの良い暮しをしていたようだ。そして、プライベートの人間関係もどんどん派手になって行く。


「あのぉ、またずるい言い方になっちゃうんですけど、やっぱり好きでもない、嫌いでもないというコたちがいて。それで、でも、そういうコたちと“恋人”という名目で付き合っておくと、友達でいるよりも色々な特典があるワケじゃないですか。人間観察も深く出来るし。だから、彼氏や彼女として付き合ってるコは八人くらいいましたね」


冷淡で美しいミステリアスなホステス(本当は女子高生だったのだが…)は異性に限らず様々な人種にモテたようだ。そして、ある日、クラブ遊びの帰りに街を歩いていると、SMクラブのスカウトに声を掛けられる。「私、高校生なんですよ」と正直に言うと、「卒業したら来て」と言われ、月花はその通りにした。月花女王様の誕生である。


「とにかく面白かったですね。彼氏の一人にSMマニアがいたので、そういう知識はあったんですけど、それを仕事として捉えたときに、私の場合はドラクエの感覚で…。あのぉ、道を歩いていたら、敵がピューって出てきて、スライムだか何だか分かんないじゃないですか、ウインドウが開くまで。その仕事も、お客さんと会うまで、どういう性癖かまったく分からないんですけど、何万という料金の分だけ、納得して頂けるプレイや会話が出来るかっていう。そういうロープレみたいなハマり方をして暫く情熱を燃やしていましたね。色んな変態が来るわけですよ。例えば40分間ずっとビンタをしてくれとかって。“何でそんなことが好きになっちゃったの、アナタ”ってところだけでも興味が尽きませんよね(笑)」


元来、凡人よりも変人を好む性格。そんな月花さんにとって、女王様稼業は天職のようなものだった。だが、月花さんの人生を大きく狂わす大事件が着々と迫っていた。実はこのとき、裏世界の人種にまで交友関係が拡がる中で、ある犯罪に手を染めてしまっていたのである。


月花さんは当初、この話を今回の取材では披露する気がなかったようだ。インタビューも終盤に差し掛かった頃に、「東京に出てきたくだりがあやふやだったと思うんだけど、実は…」とようやく切り出されたのだ。それは、何も大物になったから隠しておこうとしたワケではなく、「方々のメディアに語り、報じられて来たことなので、今さら…」との判断が働いたらしい。しかし、私の記憶の中に鮮明に残っているのはこの部分だし(余りにも衝撃的でその他の話は忘れてしまっていた)、方々のメディアが飛びついたように、月花さんのこれまでの人生談の中でもっとも重要で盛り上る箇所。どうしたって語って貰わねばならない。ここで10年前にお会いしたことがあることを告げ、もう一度詳しく聞かせて欲しいとお願いした。


「ヤクザと揉めて、拉致られて東京に来たんです。そして、風俗に売り飛ばされて、しばらく西川口に監禁されていたんですよ」


いきなり核心部分から入る月花さん。もう少し過去の事柄から補足すると、地元九州である悪さをして、警察からも組織からも追われる身になってしまった。そして、仲間が一人、また一人と自首したり、どこかへ姿を消して行く中、最後に残った月花さんは、一人で逃げるのにも疲れ果て、薬を飲んでぐったりしていた。そこを組織に発見されて、監禁された。その間に柄の悪い人たちの間で話がまとまり、月花さんはそのまま飛行機に乗せられ羽田に到着。今度は車で移動して、西川口のマンションに監禁され、ソープランドで働かされたということらしい。


「最後のお金でフェリーとか乗ったのが、楽しかったですねぇ」


穏やかな微笑みを湛えながら遠い目をして振り返る。


「フェリーで自分たちの指名手配記事が載ってる新聞を読みながらご飯を食べたり、ホテルにチェックインして、“バレたか、バレてねーか”っていう会話をしたり、映画の中だけじゃなくてホントにするんだなーって、もう、10代の女の子にしたらワクワクですよね(笑)」


ハハハ…と曖昧な愛想笑いを浮かべるしかない取材陣。だがこのあと、月花さんは地獄のような日々を体験することになる。詳しくは前回記事からの抜粋。


「長期間に亘って監禁されていると、人間てね、五感がなくなるんですよ、生理が来ようが腹が減ろうが、放っておかれるでしょう。その間に八つ当たりで暴行も受ける。もう、ゴミみたいになるんです。ただ目の前を絵が流れて行くだけで何も感じなくなるんです。あの期間はたぶん、私はモノだったんですね。そんな私を柄の悪い男がソープランドまで送ってくれる。そして、店が終わる時間に迎えに来る、売り上げを持って、私を連れて帰って、また部屋に監禁して、翌日はまたその繰り返し…」


しかし、ある日、ソープの客に勧められたタバコを吸った途端、何かのスイッチが入ったように五感が蘇ったという。そして、その晩、脱走を計った。


「私を見張っていた人に“お腹が痛い”と言って、油断させて、椅子でボコボコに殴って、その人の携帯とお金を持って逃げたんです。監禁されてた期間ははっきりとは分からないんですけど、さらわれたときは暑かったのに、外に出たときは冬でした(笑)。それで、線路沿いに走って行ったら西川口の駅に着いて、とりあえず知ってる地名の『浅草』という文字が目に付いたので、そこへ行こうと。それから、雷門目指して歩いて、浅草寺に着いて、鳩に餌やリながら考えて。とりあえずこのままでは殺されるから、一回保護してもらおうと思って交番へ行って、自分の犯した罪を洗いざらい白状したんですけど、証拠がないから逮捕出来ないと」


ひと呼吸おいて話が続く。


「“だったら捕まって殺されないように警察官立寄所のホテルを用意して下さいよ”って凄いゴネて(笑)。それで一応保護されたんだけど、“ホテル代とか払っていかなきゃならないんだけど、君、どうするの、お金は?”って言われて。じゃぁ、この近くで今すぐに働けて、今日金くれて、宿代稼げるところに連れて行けよっ”ていって、パトカーで吉原に乗りつけました(笑)」


吉原のソープランドで数ヶ月働き、落ち着きを取り戻すと、それまでの疲れやストレスが一気に出て、身体がおかしくなってしまったという。目や耳からは膿が噴き出し、顔はパンパンに腫れがって、手は自由に動かせない。だが、何とか病院通いで快復した頃、親のことが心配になって帰郷。しかし、今度はそこで、母親の手によって警察に突き出されるというギャグのような体験をし、親、警察、本人の三者で話し合いが持たれた結果、勘当という形で東京に舞い戻ることになった。


「そこからは焦りましたね。早くお金を貯めなくちゃ何も出来ないし、東京で自分を知ってる人間を出来るだけ多く作っておかないと、万が一のことがあったときに誰も気付いてくれないと思って。それで、取材を受けて、雑誌に顔出してっていう…。まぁ、何にしろ良かったです、明るい性格で(笑)」


またもやハハハと力なく笑うしかない取材陣。そのポジティブさの裏付けはいったいなんなのだろうか。


「んー、なんだろう。恐怖を感じたり、もう死んだな、終わったな…と思ったことは何度もありましたよ。でも、今を逃したら体験出来ないって思っちゃうんですよね。そして、何がしかのショックを受けても、暫くしたら、“今、笑って話せるからいっかぁ、過ぎちゃったことはもういいや”って。なんか、死ぬときに思いたくないんですよね、“わー、私の人生、しょっぱかったなぁ”って。“あー面白かった”で死にたいんです」


男に生まれてれば良かったタイプか。


「よく言われますけどね。でも、女じゃないと出来ないこともいっぱいあるし、もし、男だったら死んでたかも知れないですね。私は、私が女であることを上手く利用してくれる方が好きですね」


今はまわりまわって普通の女の子の生活に憧れているという。


④.jpg「考えてみれば、遊園地とか水族館とか動物園とか、あんまり行ったことがないなぁと。休みの日にはそういうところに行ってみるのもいいかなぁと思うんですよね。そして、それまでまったく興味がなかったんだけど、ここ一ヶ月は生活雑貨のサイトばかり見てます(笑)。あと、普通の女の子と話すのもマイブーム。“普段、何やってんの”とか、“デートはどこへ行くの”って訊きたいんですよね、彼女たちが何やってるのかさっぱり分からないから」


そして、女性として生まれたからには、どうしてもやっておきたいことがある。


「子供は産みたいですね。一個、理解出来ないのが母親の気持ちなんですよ。これは、せっかく経験出来る権利があるわけじゃないですか。お腹で何か育つんですよ。凄いと思って、一回はやってみたいなと思ってますね」


来月の誕生日(12月21日)で、35歳になるという月花さん。激しい青春を生きた彼女は、その年齢をどう思うのか、最後に訊いた。


「楽しいです。自由度が20代の頃と全然違いますよね。それにツッパって生きてくると、30代になった瞬間、ふと楽になることがいっぱいあって、確実にいまの方が楽しいですね。だからもっと早くババアになりたい(笑)」


筆者には、10年前と何ら変わったところがないように見受けられた月花さんの今回のインタビュー記事は、紙幅の都合上、ここで終わらせて頂く。OL時代(!)のこと、一緒に暮している様々なペットのこと、バー菜の花時代とそれ以降のことなど、まだまだ面白いエピソードが目白押しなのだがご了承頂きたい。しかし、本人が望むと望まざると関係なく、これからも月花さんは、“普通”ではない変化に富んだ人生を送るような気がしてならない。また10年後、彼女がどんなどんな世界に身を置いているのか、取材させて頂くのが楽しみだ。


(ニャン2倶楽部マニアックスvol.33に掲載)

月花(つきか)

1974年福岡県生まれ。「残酷天使」の異名をもつフェティッシュ・パフォーマー。ヒトビトの五感に、あるいは六感に、サイケな「毒」を吹き込むべくトーキョーに棲息中。

【公式ブログ】蛆脳。



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