アブ世界の女たち 浅葱アゲハ

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アブ世界の女たち 浅葱アゲハ インタビュー

文/ANK 写真/五木武利

ストリップ業界に異色のパフォーマーが出現して話題を集めている。鍛え抜かれた肉体、そして、縄やリングに宙吊りになり、サーカスのように繰り広げられる空中ショー。そのストリップ概念を打ち破る超人的パーフォーマンスを繰り広げているのが浅葱アゲハ嬢だ。果たしてそれらの演し物はどのようにして生まれたのか。アゲハ嬢の半生と共に語ってもらった。


「ちょっと聞いて下さいよッ、この間、ストリップを見に行ったんですけどね、凄いんですよ、クルクル回って。アレはそんじょそこらのストリップ嬢が出来る技ではありません。ぜひ、話を聞きに行きましょう!」


そう一気にまくし立てる担当編集邪魔堕。詳しく聞き直してみると、彼は七月の終わり頃、知り合いのライターさんが関わるイベントを見学するため、西川口のストリップ劇場を訪れたという。会場は、本来30~40人程度のキャパであるところを大きく上回り、百人以上の入場者でひしめき合い、息詰まるような熱気に包まれていたそうだ。


何とか人をかき分け、背伸びをすれば見学出来る場所を確保した邪魔堕。そこで彼が目にしたのは、想像を絶する空中ストリップ・ショーであった。


天井の梁に縄を掛け、それに腕や脚に巻き付けながら空中に浮かび上がり、まるでサーカスのように物凄い勢いでクルクルと回転する細身の女性。ストリップを見ること自体が初めての体験であった彼は、大音響で流れる音楽と眩いばかりの照明の中、可憐に舞い踊る嬢たちの華々しい姿だけでも感動的であったのだが、その超人的な空中ショーの迫力に、思わず涙が溢れ出てしまっていという。


気を取り直し、そっと周囲を見渡す。すると、そこには、自分と同じように、目をウルウルさせて頬を濡らしている男たちが…。しかも、どうみても彼等はストリップ観劇のベテランたちだ。


「本物だ! ストリップのことは全然わかんないけど、スゴイ人に違いない!」


邪魔堕はそう確信したという。




浅葱アゲハは、中流家庭に生れ育った。父親は銀行員。両親は特に厳格でも教育熱心というワケでもなかったが、マナーやモラルに関してはうるさかったという。もっとも印象に残っている母親から受けた教えは、小学生のときに言われた「絶対に売春はするな」。当時の彼女には売春の意味すら分からなかったのに、なぜ母親はそんなことを言ったのか。当時の世相がそうさせたのか、それとも何か彼女の将来に感じることがあったのだろうか。


子供時代は至って普通に過ごしていた彼女だが、小学校高学年になると、急に性格が変わってしまったという。


「その時期って子供同士でグループができてるじゃないですか。それに溶け込むのが恐くなってしまって。その年代辺りから急激に自分のことが恥ずかしいって思うようになったんです。グループに入ると、何か言われるとか、こう思われてるってことを感じるのが嫌で、入らないようにしてましたね」


自意識が芽生える時期、人見知りを体験するのは別段変わったことではないだろう。しかし、彼女の人見知りは、病的と言えるほど激しいものだった。


「中学校に進学してもっとヒドくなってきましたね。小学校の頃よりも、人間関係に敏感になる時期じゃないですか。その重圧に耐えられなくて、余り学校へは行かなくなって…。行っても保健室で休んでるとか。それでも、なんとか高校へは進学したんですけど、入学してすぐ担任の先生のところに行き卒業に必要な日数を聞いて、最低限の日数しか行きませんでした」


とにかく自分が嫌いで仕方なかったという彼女。何が原因なのかを訊いても、明確には答えてくれなかった。きっと他人には説明し切れない様々な要素が絡み合っていたのであろう。彼女は年を追うごとにますます自己嫌悪のスパイラルに落ち込んで行った。細い腕には、ミミズ腫れのように、無数の切り傷が残っている。


「高校の終わり頃からですね、自分を傷付けるようになったのは。死にたいっていう感じではなく、とにかく自分が嫌いで嫌いで、許せないっていうそんな感情でしたね」


心が安定している時間は趣味の世界に没頭していた。


「映画を観たり、絵を描いたりしてましたね。とにかく映画が好きだったんですよ。特に好きな映画ですか? 作家だとスティーブン・キングとか。でも、別にホラー好きじゃないですけど。まぁ映画は全般に好きなんです。あと映画音楽もすごい好きですね」


また、一方で勉強も得意だった。特に英語と国語が好きで、成績も優秀。なんとか無事、高校の卒業資格を得た彼女は、大学に進学した。


「明治大学の文学部に入りました。両親とも高学歴なほうだったので、一応大学には行かなくちゃいけないという思いがあって。取りあえず行っとけばいいかなって感じで」


きっと中学や高校よりもずっと自由な環境に身をおくことで、自分を変える何かを得ようと決意していたのだろう。18歳になり、世界がぐっと拡がった彼女は思い切った行動に打って出る。それが空中パフォーマー・浅葱アゲハを誕生させるきっかけとなった。


「SMクラブの面接に行ったんです。やっぱり自分で自分を痛めつけるというのはよくないですよね。両親も心配してましたし。でも、その自分を痛めつけたいっていう感情はどうにもならないけど、もしそれを他人にやられたらどうなんだろうって思ったんです。もしかしたら今の状態からちょっとは抜け出せるんじゃないかって。それで思い付いたのがSMだったんです」


世の中にSMというものが存在することは何となくは知っていた。


「我が家にエロ本はなかったので、映画で見た知識の程度でしたけど。それで面接に行ったら、こういうことをやります…ってメニュー表を見せて頂いたんですけど、すみません、間違えましたって(笑)。それはもっとも自分がダメなことでした」


その表には、縛りやムチなどのSMプレイの他に、フェラやアナルセックスなどの射精行為が書かれてあった。


「自分が想像していたSM、痛みを貰うっていうのは、ムチくらいでした。でも、お店の人は、フェラやアナルは基本です、これをやらないことには商売成り立たない、君は処女みたいだけど大丈夫?…って、心配してくださって(笑)」


彼女はずっと他人との交流を避けてきたために、このときはまだ処女だったのだのだ。しかも、「売春はするな」の言動からも分かる通り、性に関するモラルに厳しい母親からの教えが脳裡に刷り込まれていて、無意識の内に異性や性行為に対する興味を避けてしまっていた。そのために、恋愛やオナニーすらしたことがなかったのである。SMクラブの人もさぞかし驚いたことだろう。そして、彼女も、自分の思い違いに一旦は落胆しかけたが、気を取り直し、純粋にSMだけを行う方法をインターネットで探し始めた。


「SMショーっていうのを見付けたんです。ネット上でお店紹介とか見ると、縛られたり、縛り、鞭、ロウソクとやることが減ってる(笑)。私の中で、ショーっていう形だったら、自分が出来ないこととかも訊いてもらえるかも知れないって思って。今思うとなめた理由ですけれど」


面接に行ったのは、六本木ジェイルの支店、ジェイル東京というショー専門のお店だった。


「私がM女としてやっていたショーは、蝋燭、縛り、鞭だけです。女性ばっかりのところだったので、面接で私が出来ること、出来ないことをちゃんと訊いて下さいました。その時は性行為的なイヤらしいことがなければ大丈夫かなくらいに思ってました」


その面接から三日後にデビューすることが決まったのだが、その前に、実際のSMショーを見学出来る機会があった。


「実際に観てみて、私にも出来そうと思ったし、好きにもなりましたね。映画がすごい好きだってお話したじゃないですか。ある映画の好きな音楽を使ってるショーがあって、こういうことが出来るんだ!こういう世界があるんだ!って」


そして、デビューの日がやって来た。彼女・浅葱アゲハは長襦袢一枚を身に着けて処女のままステージへ上がった。


「正直ヌードになることに多少の抵抗はあったんですけど、それよりも自分の苦しい状態を何とかしたいってうのがあったんですよね。それで、思い切ってステージに上がって、あとは緊縛師さんがリードしてくれるので、導かれるままだんだんと脱がされて、最後はTバック一枚で吊り上げられてました」


その時の感想はどうだったのか。


「一人で自分の殻に籠もってるのとは全く違いましたね。自分の身体が痛めつけられるっていう点では、満足できた部分がありました。あと誰かと一緒にやったっていう達成感もありました。アダルトの世界のことなのでSMショーを“表現”とは言い難いものがあるかもしれないですが、ずっと子供の頃から絵や漫画を描いたりしてるので、“造る”ということにに心惹かれた部分もありました」


何とも微妙なニュアンス。しかし、概ね周囲の反応は良好だった。


「やっぱり周りに褒めてくれる人たちがいたので、そこにいられたのだと思います。それに、私がどういう状況なのかも分かってくれて、もう自傷行為はさせたくない、それをやるならばこの店にいなさいと言ってくれました」


そのままジェイル東京には約二年間在籍した。そして、最初の一年で大きな変化があった。


「縄師の長田スティーブに出会ったことですね。それで、彼に気に入られて専属パートナーのようになり、ジェイル東京以外でショーをやりだしました。SMショーの活動を増やすことで、自分が嫌いで自分を痛めつけたいって思いはだいぶ減ったんですよ。でもSMショーという仕事をする内に、ショーとしてお客様に出すものだと捉えるようになり、自分が痛みを受けたいからSMショーをしているという理由も嫌だし、女の子が縛られて、鞭で叩かれてるという、その物珍しさをショーにすることも嫌だと思いました」


ここからはちょっと難解な話。なので一問一答式で。


ーそれはお客さんの要望を入れて、もっとショーを高めたいと思ったということ?


「いえ、個人的な意志ですね。SMバーにいたり、SMの世界のお客様と話したりすると、“芸術的だ”とか“これは表現だ”と言ってる人もいるわけですが、その言葉に違和感を感じたんです。芸術的とかいうけど、なら同じことを美術館で出来るのかって言われたら出来ないですよねっていう」


ー芸術的と言われるのなら、その域まで行きたい?


「どちらかといえば」


ーでは、目標というか向上心が生まれた?


「単純に違和感が生まれた。私はショーをやり始めたきっかけも、SMの人としても不純ですし、SMショーというのは見本になるわけじゃないですか。それを語るにはSMの人じゃなさ過ぎると自覚したんです」


ーSMの人とは?


「やっぱりSMが好きな人ですよね。SMの定義って人により違うとは思うんですけど。でも私はそれらの何も知らないでSMショーをやっている。つまり、それは偽物ということになってしまう。だから、それに違和感を感じるようになった…」


ーそれはSMで快感を得てないということ?


「SM自体では得てないです。蝋燭を垂らされれば熱い、それは気持ち良いですか?と聞かれても私はどう答えていいか分からない、でも気持ち良いと言わないと相手は納得してくれない。でも、気持ち良いと返せば、それでは自分を偽ってしまう。この矛盾が違和感を生み、より快感を得なくしたんだと思います」


自分を痛めつけるためにSM界に飛び込んだ。しかし、次第に『痛みを得たい』という欲求は消えてなくなり、鞭や蝋燭などのアイテムを使ったSMショーは、彼女にとって必要でないものになって行った…ということだろうか。いずれにしろ、彼女は、ここから独自のショースタイルを模索し始める。


「スティーブとのSMショーでも最初の内は、蝋燭や鞭を使ってたんですけど、だんだん緊縛のみになっていったんです。それで、吊り上げられている状態で、様々な形を作って行き、それから空中芸を入れていくというスタイルになっていったんです。吊られるのは、すごい幸せです。肉体的にはキツイですけど、空中に吊られている状態で綺麗な形やポーズを作ってそのまま我慢したりするのは、すごい楽しかった。空中にいる間だけはポジティブになれる」


空中芸はまったくの一から編み出さなければならない試行錯誤の日々だった。


「サーカスとしての空中芸なら、教える人はいると思うんですけど、SMショーとしての空中芸を教えてくれる人はいませんからね。“吊りの仕組み”みたいなものはスティーブに、こうしたら危ないんだよ…とか、縛る手順みたいなものを教えてもらいましたけど。空中芸用のことではないので…」


ほぼ独学ということだ。それだけに危険も付き纏う


「自分がソロでやり始めた頃に、2,3回落下したことがありました。落下というより吹っ飛ぶ。空中で回転している途中の落下なので、ただ吊られている状態からポテッと落ちるのとは違って、吹っ飛びます。頭が割れたりもしました。その後遺症で、今でもときどきですが目が見えづらくなることがあるんですよ。自分がどんなに気を付けていても、天井が壊れたりとかありますから、常に危険と隣り合わせですね」


縄で吊られた空中で自在に動き回るには相当なバランス能力と体力を要するであろうことは我々素人でも想像がつく。なにせゆらゆらと揺れ動く不安定な状況である。体操選手などを見れば分かる通り、まずは強靱な筋力が必要になってくるのではと思うのだが、彼女は特別なトレーニングは何もしていないという。


「身体はやっていく内に作られてきましたね。特に運動とか体操とかはやってなかったんで、柔軟さもなかったです。それで、SMショーを始めてから、適度なストレッチを始めたくらいですね。基本的にものぐさなので筋トレとかは無理です(笑)」


ちなみに本日の彼女は、ジーンズにカーキ色のトップスといったラフな格好なのだが、ピタッと胴体に張り付いたタンクトップの上からでも、逞しく隆起した腹筋が見て取れる。その見事な肉体美は現場をこなす内に出来上がってきたものだというのだから、彼女には、天賦の身体能力が備わっていたのかも知れない。


さて、ストリップ劇場デビューは2004年の4月だったというから、今や踊り子界でも中堅の存在だ。しかし、まだまだ自信が持てないと嘆く。


「私は厳密に言えば踊り子さんではないんで、劇場は他の踊り子さんたちのための興行であって、私は時間潰しのために組み込ませて貰ってると常に思ってます。純粋なストリップを観に来てるお客さんからしたら、受け入れ難いショーなのにさせてもらってるんだから、他の踊り子さんたちの迷惑にならないように気をつけています」


正直、スランプに陥ることもある。


「元々自分の演し物は物語や設定があるわけではなく、感覚・感情に左右される演し物だったんです。そのときの気持ちで動いてしまう。一応、踊りっぽいものはあるんですけど、言われた通りの振り付けが出来ない(笑)。だから本当に踊り子さんは尊敬してます。地上にいるとき(空中ショー以外の時)は自信がなさ過ぎて、ストリップなんだから脱いでるだけでなくオナニーっぽいこと、エロイこともやらなくちゃいけないのかな…って迷ってました。でも、そう思っても私にはそれが出来ない。けどやっぱり性的なものを演し物に入れなきゃダメなのかなってまた考える。それの繰り返しです」


いずれにしても、学生時代よりは健全的なご様子。自分のことが少しは好きになれたのではないだろうか。


「昔に比べたら自分のことを好きになれましたね。でも、私の中の本質的な部分はあんまり変わらないです。その原因は、私のショーはお客様の要望に応えてないし、エロいことを受け入れられない自分を探求してしまうことにあると思うんですけど…」


どうやら彼女はエロいことに対する罪悪感みたいなものが存在するようだ(人前で裸になることも充分にエロいことだと筆者は思うのだが)。


③.JPG「母親の話を先にしましたけど、性に対してすごく堅い人なんです。特に女を売る行為はしてはいけない。今、私がやってる行為も基本的には裸を見せることを生業にしてるので、ある意味、女を売っていることになり、両親は受け入れ難いはずなんです。あ、“ハズ”っていうのは両親は私やってる仕事を知ってます。しかし、それが本当にやりたいことならって認めてくれています。でも、両親が今の仕事をせっかく認めても、私自身が売春や風俗で働く以前に、性行為的なものが受け入れられない。その意識が、私のショーの中にも出ているんだと思います。だからお客様からしたら、本当につまらない女ですよ。ショーの中ですらそういう言動・行動をして、お客様をその気にさせるっていうことが出来ないわけですから。本来ならそういう風にしなくちゃならないのに…」


何故だかだんだん自分が情けなくなってきた。彼女が漂わせるアンニュイな雰囲気のせいか、それとも自分がエロを追い求め過ぎる人間であるが故か…。


最後に将来の夢を訊いた。


「うーん、特にないですね。今やってることが楽しいので、今後もやりたいことをやりたいように出来ればいいなぁと思うくらいで」


クールに答えたが、実はアゲハにはやりたいことがいっぱいある。そのために明大を卒業後、芸術系大学に入り直したくらいだ。イラスト、デザイン、モデル業など、エネルギッシュに挑戦し続けている。もちろん空中ショーの練習にも、日々、近所の公園で励んでいるそうだ。繊細で勤勉でアーティステックな心を持つ浅葱アゲハが織り成す空中ショーには、女性のファンも多いと聞く。きっと今後は様々な経験と更に磨き抜かれたセンスが加わり、ますますショーとして完成されたものになって行くだろう。皆さんも久しぶりに劇場へ足を運んでみてはいかがだろうか。




(ニャン2倶楽部マニアックスvol.32に掲載)

浅葱アゲハ(あさぎあげは)

ソロでの空中パフォーマンスを中心に、緊縛師・長田スティーヴ氏との緊縛ショーなどを行うショータレント。日本国内だけでなく、ドイツ、イギリス、フランス、台湾での公演経験を持つ。また、イラストレーターやフリーマガジンの編集者としてなどマルチな活動を行う。

【公式HP】A-GEHA.COM



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