ソドムの百二十冊 樋口ヒロユキ 013

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第十三回

後白河院 『梁塵秘抄』

大和岩雄 『遊女と天皇』



 我が国最悪のエロス系密教「真言立川流」にかぶれた後醍醐帝は、日本史上もっともエロい天皇であらせられた。こんな宗教にかぶれたぐらいだから、ついに後醍醐帝は朝廷を二つに割ってしまい、南北朝の大動乱を引き起こしてしまった。けだし、エロスと権力が結びつくときというのは、必ず乱世となるものらしい。


 とはいえ、エロスにまみれた天皇は、決して後醍醐帝ばかりではない。日本史のなかにはもう一人、エロスと権力のはざまに遊んだ天皇がおられる。遊女を御所に招き入れたばかりか、遊女との間に一女をもうけた、後白河院である。


「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」


 この「遊びをせんとや生れけむ」は、平安末期の遊里、すなわち、いまでいうソープ街のような場所に流行った流行歌「今様」の一節である。後白河院は、この今様に狂ったように惚れ込み、遊女たちから今様を習ったばかりか、実際に遊里にも入り浸っていた。大阪の尼崎にある神崎や、岐阜県大垣市の青墓といった歓楽街に遊び、遊女を都へ連れてきて宮中へ出入りさせた挙げ句、お気に入りの今様を集めた詩集梁塵秘抄の、プロデュースまで手がけたのだ。


 全国通津浦々の名所旧跡に遊び、遊女たちの喜怒哀楽を歌い、武士の政治や世相を風刺したかと思えば、博打の快楽とカタツムリの奇妙さに酔い痴れ、しかも同時に仏道への陶酔を歌い上げる。聖俗が渾然一体となって煮えたぎるかのようなこの歌集を、後白河院は世に問うたのである。


 考えてもみて欲しい。たとえば今上天皇の明仁陛下が、すすきのや歌舞伎町に出掛けていって、そこで歌自慢のソープ嬢と馴染みになった挙げ句、彼女たちを皇居へと連れ帰り、カラオケの歌い方を伝授されて、ついには彼女たちの歌をコンピレーション盤にして発売する、などという事態が考えられるだろうか。後白河院は、それをなさったのである。まさに「遊びをせんとや生れけむ」を地で行く、異様な御ふるまいである。


 だが後白河院は、単に無能な遊び好きではなかった。むしろ彼は権謀術数を張り巡らし、並みいる政敵を次々と押しのけて、強大な権力を維持し続けた、冷徹かつ非情な政治家でもあったのだ。後白河院が生きた平安末期は、源氏や平家などの武家勢力が勢いを増し、朝廷の権威が揺るぎだした時代である。そんな時代に後白河院は、数々のライバルたちを変幻自在の手練手管で押しのけ、権力の座に居座り続けたのだ。


 なにせ、皇位に就いたその経緯がふるっている。平家をおだてて味方につけ、実の兄である崇徳上皇を島流しにして、院は天皇になられたのだから。しかも、驕れる平氏が増長してくると、今度はライバルの源氏をあおって、平家を滅亡させてしまう。さらに、平家を滅亡させた功労者のはずの源義経を、今度は義経の兄である頼朝と仲違いさせ、ついに自刃させてしまうのである。


 政敵から軟禁されれば女装して脱出し、権力を失っても幾度となく返り咲き、再び陰謀を張り巡らす。その生き様は源頼朝から「日本国第一の大天狗」と呼ばれたほどだ。しかも、こうした陰謀のあいまに、遊女を含む男女両色を楽しみ「遊びをせんとや生れけむ」と、歌い遊び呆けておられたのだ。もはや怪物、というほかない。


 青春出版社や大和書房の創設者であり、在野の歴史学者でもある大和岩雄は、その著書遊女と天皇のなかで、後白河帝の今様狂いや遊女との遊びは「神仏と一体になる神遊び」であったと評している。この世の道理や政治的義理立てをいっさい無視して、後白河院は神仏の世界に遊んだのだ、と。


 私も、これと似たようなことを思う。ひょっとすると後白河院にとっては、あの激烈な権力ゲーム、血で血を洗う平安末期の抗争も、すべて遊びだったのではないか、と。


 そもそも院政期の貴族たちはほとんどがバイセクシュアルで、その色恋も現在のような恋愛感情に基づくものでなく、なかば政治的目的を持った謀略行為であった。つまり後白河院にとって色恋とは、一種の権力ゲームであり、逆に政治闘争は、変形した恋愛だったのである。後白河院がめざした遊びとは、歴史も社会も男女関係も、いっさいを興奮の坩堝のなかで燃やし尽くす、エロスとタナトスの巨大な遊びだったのだろう。


 だが、エロスの邪教を重んじた後醍醐帝が、南北朝の動乱を招いたように、エロスの歌である今様に狂った後白河院は、平安末期の動乱を引き起こした。エロスと権力が結びつくとき、それは世が乱れ、体制が崩壊を迎えるときなのかもしれない。やはり「エラい人」は「エロい人」であってはならないのだ。








516lJg6GBfL._SS500_.jpg#26【梁塵秘抄】416jxfM2rpL._SS500_.jpg#27【遊女と天皇】 (著)大和岩雄




樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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