樋口ヒロユキ ソドムの百二十冊 #31 澁澤龍彦 編『エロティシズム』 ユーリー・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派』

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第三十一回

澁澤龍彦 編『エロティシズム』
ユーリー・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派



★徹底した純潔思想を持つ異端、カタリ派



 私もこういう読書傾向なので、異端神学には多少の興味を持っていた。とはいえ、あれやこれやの異端宗派の名前をうろ覚えにするばかり。どれがどの宗派でどういう教義を奉じているのか、さっぱり区別がつかないという状態が長く続いた。なんとも頼りない異端の徒がいたものである。
 こうした異端神学のイメージと言えば、乱交とか降霊術とか血の生け贄とか、およそそんなところが世間一般のイメージだろう。私もまたご多分に漏れず、そうした乱倫と背徳のイメージを抱いていた。要するに悪魔崇拝と似たり寄ったりのものとして、異端信仰を捉えていたのである。


 そんな私にとってひどく意外に映ったのが、十二世紀の南フランスと北イタリアを中心に信仰された異端宗派、カタリ派だった。この一派に関しては異端信仰にありがちな乱れた性の匂いは毛筋ほどもなく、そもそも「カタリ」という言葉そのものが「純潔」を意味するというのである。なにせ異端審問官がその極端な禁欲主義に驚いて書き残しているくらいだから筋金入りだ。
 私がこの異端宗派のことを知ったのは、澁澤龍彦編『エロティシズム』に収録されたエッセイ「禁欲と乱倫--異端カタリ派について」がきっかけだった。このエッセイの書き手は渡邊昌美。フランス中世史を専門とする西洋史学者で、そもそも博士号を取得した研究テーマが、まさにこうした異端研究だったという異端宗教史の大家である。


 このエッセイの語るところによると、カタリ派の純潔思想は徹底しており、乱交はもとより処女と童貞同士の婚姻以外はすべて姦淫であると見なし、究極的な奥義に照らせば合法的な婚姻すら姦淫であると断じたという。これではやがては人類が絶滅してしまうわけで、純潔主義であるにも関わらず異端とされたのもうなずける。
 さらにこのエッセイによれば、カタリ派は性の交わりによって生まれたものすべて、すなわち肉食を一切禁じ、牛乳をはじめとする乳製品や卵まで食べることを禁じていたという。これでは生命の存在そのものを罪悪視していたに等しく、一体どこからこんな考え方が出てきたのか興味が湧く。



★死の世界を理想郷とする異端宗派



 このエッセイの説くところによれば「この世に霊魂を生んだのは神であった」と考えるところまでは、ほかのキリスト教宗派と変わらない。だが一方で彼らは「物質的な存在を創造したのは悪魔であった」と考えていたらしい。つまり善神と悪神の二元論的な宗派、それがカタリ派だったのである。
 霊魂は不滅だが肉体や物質は必ず滅ぶ。そんな不完全なものを神が作り給うはずがない。よって肉体をはじめとする物質はすべて、悪神ないしは悪魔が作ったのだと彼らは考えた。それどころか、カタリ派は物質でできた現世こそが地獄だと考えていたようだ。最後の審判は既に下されており、我々が生きる現世はもはや地獄だというのである。


 いうまでもなくキリスト教は唯一の神を頂く一神教であり、天地を作り給うた造物主以外に悪神を認める教団など、それだけで許すまじき異端である。いわんやカタリ派はこの現世そのものが悪魔の作った世界であると考えるのだから想像を絶する。
 したがってカタリ派の信奉者たちは、悪魔の作ったこの現世から一刻も早く逃れ、肉体という牢獄から逃れて魂の王国へ辿り着くことこそが幸福だと考えた。彼らはいわば人類規模での自殺を目論んだのである。カタリ派のこうした異様な信仰の大系について、渡邊は次のように要約している。


 「カタリ派の理想郷は、極言すれば、死の世界であった」。


 我が国にも戦前に「死のう団」という日蓮宗の異端が発生し、国会議事堂前などで割腹自殺を遂げたという事件があったそうだ。ただし死のう団が数百名程度のグループで、活動時期も数年で終わったのに対し、カタリ派は相当の信徒数を有していた上に地域的にも大きな広がりを見せ、約百年にも渡って活動を続けた大宗派であったという。どうしてこんなに極端な教義がこれだけ広範な支持を得たのか不思議でならない。




★ゾロアスター教を起源に持つ大異端



 ブルガリア出身の比較宗教学者、ユーリー・ストヤノフの手になる『ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派』は、こうした二元論的「大異端」の源流を、紀元前十世紀のイランに栄えたゾロアスター教にまで求め、世界宗教史における二元論的伝統を一望のもとに収めるという、壮大な意図のもとに書かれた大著である。
 同書によれば、そもそもキリスト教の前提となるユダヤ教には、ゾロアスター教の多大な影響があるという。ユダヤ人は新バビロニア王国によって捕虜として連行され、バビロン捕囚と呼ばれる屈辱的事態を半世紀以上も経験する。その後、新バビロニア王国はアケメネス朝ペルシャによって滅亡。ユダヤ人たちは晴れて故国に戻るが、以降の時期をアケメネス朝の庇護のもとに送る。このときアケメネス朝で信仰されていたのがゾロアスター教だったのである。


 ゾロアスター教は善神と悪神の二神の闘争によって世界の成り立ちを説明する二元論的宗教で、最後の審判のモチーフも実はゾロアスター教の教典に出てくるものだ。こうした先行する強大な宗教理論の影響を受けたがために、ユダヤ教の中には二元論的な遺伝子がレトロウイルスのように残ってしまった。大天使ミカエルと堕天使サタンの闘争というモチーフがそれである。
 こうしてユダヤ=キリスト教のなかに深く根を下ろした二元論的発想は、歴史の中で幾度も姿を変えて復活し、善神と悪神の二元論をキリスト教世界に蔓延させることになった。たとえばカタリ派同様に、愚劣な下級神によって物質世界が創造されたと考えるグノーシス派神学は、早くも一世紀に登場している。十世紀前後のブルガリアに生まれた異端宗派のボゴミール派もまた、ゾロアスター教の末裔である二元論的宗教「マニ教」から、深い影響を受けた一派であった。


 このほか本書では大小無数の異端宗派が紹介されているが、多くはステレオタイプな淫祠邪教であり、それだけに短命に終わっている。異様ではあっても首尾一貫した神学を持ち、厳格な禁欲主義を貫いたカタリ派は、それだけに広範な支持を得て、異端教皇まで頂く大異端となったのである。
 キリスト教は比較的に禁欲的色彩の強い宗教で、ことエロスに関しては不寛容な態度を示すことが多い。だが、過ぎたるは及ばざるがごとし。人類滅亡の教義を説くカタリ派に対しては、カソリック教会は徹底的な弾圧を加え、十字軍まで派遣して殲滅した。カタリ派信徒はある意味で望み通り、死の世界へと旅立っていったのである。





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澁澤龍彦 編『エロティシズム』



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ユーリー・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派』






樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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