樋口ヒロユキ ソドムの百二十冊 #32 クードレット『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語』

000

sodom_top.jpg



第三十二回

クードレット『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語』



★キリスト教の圏内に残った異端の神話



 日本人は西欧社会を一枚岩のキリスト教社会であると考えがちだが、実はその文化の端々にはさまざまな異教的要素が混入し、多様な形で残存している。フランスに伝わる「蛇の尾を持つ女=メリュジーヌ」の伝説は、聖書にはまったく姿を見せない、そうした異教的な物語の一つだ。
 ここに紹介する『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語』は、十五世紀初頭の書籍商クードレットが、領主の命を受けて書き残したもの。全編が韻文で書かれた奇想天外な物語だ。巻末には現代フランスの中世史家、ル・ゴフとルロワ・ラデュリの二人が共同で執筆した論文が併録されていて、この物語の背景を解き明かしてあるのも心強い。で、そのあらすじは次のようなものである。


 ……昔々、レイモンダンと名乗る若者が誤って、自分の主君を殺害してしまった。森のなかで猪と乱闘になり、主人と二人がかりで猪と揉み合ううち、槍が滑って主人を刺し殺してしまったのである。
 主君は若者の遠縁にあたる人で、レイモンダンは自死の誘惑に駆られるほど思い悩みながら、暗い森のなかを彷徨する。もはや現世に未練もなく、森のなかで馬の手綱を離して進むがままに任せたところ、馬は「乾きの泉」に近寄っていく。そこには身分の高い三人の貴婦人が住んでいたが、なかでも一番美しい絶世の美女メリュジーヌから、窮地を救ってやろうと告げられる。


 彼女のいう通りにすれば、望むがままの富が得られるという。条件はメリュジーヌが結婚すること、ただし毎週土曜日には決して自分と会わず、自分の居場所を探さないことが条件である。レイモンダンはこの条件を飲んでメリュジーヌと結婚。その神秘的な力と機知によって、巨大な領地と名誉、そして世継ぎを手にしていく。
 レイモンダンとメリュジーヌの世継ぎたちは、その多くが身体に異常を持ち、その替わり特異な能力を持っていた。両目の色が違う者、耳の長さが異なる者、目の位置が左右で違う者、左の頬からライオンの脚が生えている者、などなどである。



★メリュジーヌの恐るべき正体とは



 彼らはいずれも超人的な能力を持っており、その能力で輝かしい武勲を立て、一族を興隆させていく。その支配はフランス国外にも及び、ローマ帝国の再興を見るかのようなのだが、息子たちはなんと十人もいて、いささか長過ぎるので省略しよう。
 さて、レイモンダンとメリュジーヌが幸せな日々を送っていたとある土曜日、弟がやってきてメリュジーヌに会わせろと言いだした。もちろんレイモンダンは「土曜日に会ってはならない」という誓いを立てているので、弟の面会を断ろうとするのだが、弟はこんなことを言う。毎週土曜にお前の女房がどこで何をしてるか知ってるか。みんな噂をしているぞ。きっといまごろ他の男と……。そんなふうにそそのかしたのだ。


 さすがにこう言われては、レイモンダンもたまらない。ついに彼は禁を破って、メリュジーヌの居場所を覗いてしまう。そこで彼が見たものは、下半身が巨大な蛇となった妻の姿。腰から上は雪のように白い肌をしたもとの姿、だが腰から下は青と白の縞模様をまとった蛇の姿のメリュジーヌが、水風呂で行水をしていたのである。
 秘密を知ったレイモンダンは、妻との約束を自分に破らせたと逆恨みして弟と絶縁。後悔の念に苛まれ、冷や汗を流してもだえ苦しむ。夫の激しい後悔を見たメリュジーヌは、いったんは夫を許すものの、二人をある悲劇的な事件が襲う(その詳細については実際に読んでみてのお楽しみだ)。この痛切な悲劇に耐えかねたレイモンダンは、つい我を忘れてしまい、公衆の面前でメリュジーヌの正体を明かし、痛罵してしまう。


 何が原因でレイモンダンがメリュジーヌを罵倒するに至ったかは、まさに本書のクライマックスになるので、是非本書でお読みいただきたい。ともあれ後悔したときにはもう遅い。メリュジーヌは一族が辿る運命を予言したのち、蛇の姿となって城の外へと飛び立っていく。青と白の縞模様に彩られた巨大な蛇は三度城の周りを経巡り、そのたびに切なげな咆哮を上げて飛び去ったという。
 メリュジーヌの物語はこれ以降も続き、そこでは彼女の出生の秘密や彼女が蛇身となった理由のほか、彼女の一族の辿った栄光と苦悩の物語が綴られるが、あまりにも長大なので割愛する。全編を通じて実に面白い物語なので、ファンタジーなどがお好きな方は是非お読みいただきたい。



★「見るなのタブー」と箱の中の秘密



 既に冒頭に述べた通り、メリュジーヌの物語は聖書とは縁もゆかりもなく、きわめて異教的な存在に見える。おそらく物語の作者は、教会に睨まれないよう配慮したのだろう。この物語にはメリュジーヌが神秘的な力で教会を建てる場面をはじめ、ことあるごとに彼女とその一族がキリスト教を篤く信仰したこと、異教徒の軍勢と勇敢に闘って勝利したことが縷々述べられている。
 とはいえ蛇身に変化するメリュジーヌの姿は、とうていキリスト教の枠内に収まりきるものとは思えない。おそらく彼女の姿はキリスト教以前からこの地に伝わる、異教の伝説が残存したものと考えて間違いあるまい。メリュジーヌは十五世紀までかろうじて生きながらえた、太古の女神の生き残りであったのに違いなかろう。


 この物語は我が国の「鶴女房」や「雪女」と実によく似ている。こうした「メリュジーヌ=鶴女房」パターンの物語は「見るなのタブー」という類型に属し、配偶者が夫に様々な富をもたらす替わりに、出自や秘密を覗くことを禁じるタブーが話のキモになっている。ここにはキリスト教以前から世界中に存在した、普遍的な女性観が語られているように思える。つまりキリスト教特有のミソジニーが欧州を覆う以前の、女性崇拝や女性信仰の感覚である。
 メリュジーヌや鶴女房とはやや異なるが、我が国におけるイザナギとイザナミの神話や、ギリシャ神話におけるオルフェウスとエウリュディケーの神話も「見るなのタブー」に類する物語である。いずれも妻を亡くした夫が黄泉の国に妻を訪ねて行くが、イザナミの場合はその腐乱した姿を見られたがために、エウリュディケーの場合はよろけた妻の様子を振り返って見たがために、地上に戻れなくなるという話である。


 こうした「見るなのタブー」の物語では、宝の入った秘密の箱が、タブーの対象となる場合もある。我が国における「浦島太郎」やギリシャ神話の「パンドラの箱」はその代表格で、いわば「箱型タブー」とでも言えばいいだろうか。
 ただし浦島太郎が乙姫様からもらう玉手箱にせよ、絶世の美女パンドラが嫁入り道具に持ってきたパンドラの箱にせよ、いずれも「女性が持ってきた箱」であり、そのパートナーが箱を開けることで災いをもたらすパターンは共通である。箱は女性器の象徴と考えることができ、メリュジーヌの物語と同一パターンの物語と考えられよう。



★覗いてはならないエロスの闇



 この物語を書き残したクードレットは、フランス西部、大西洋に面するポワトゥ地方に栄えた、リュジニャン家という貴族の依頼を受けて執筆したという。リュジニャン家には「このメリュジーヌこそ我が一門の祖先である」という家伝があったそうだ。だとするならリュジニャン家では、一族の祖を父でなく母に求めていたことになる。ここには母系的な社会の残滓のようなものが伺える気がするのだが、どうだろう。
 いっぽう「見るなのタブー」の物語には、男性がタブーの主体となるものもある。この連載では『古事記』の節で紹介した大物主のエピソードがそれである。大物主は闇夜に紛れてしか妻を訪れることがなかったが、妻は昼間の大物主の姿を見たいという誘惑に勝てず、その正体である小さな白蛇の姿を見てしまう。正体を見られて起こった大物主は妻を離縁し、残された妻も命を絶つ。ここでは「見るなのタブー」を課すのが夫の側で、本節で紹介したものとは逆である。


 とはいえこの種の物語では、やはり妻側から夫にタブーを課す話の方が、どうも多数派のように思える。見てはいけない女性の秘密は、おそらく女性の秘部を指しているのに違いない。女性の秘密が富の源泉となるという物語は、人類が古くから普遍的に持つ思考パターンの表れだろう。
 ここでは略してしまったが、メリュジーヌ誕生以前の前日譚、そしてメリュジーヌが去って以降の後日譚でも、この「見るなのタブー」は幾度となく反復される。俗流フロイト主義の立場からは、メリュジーヌの尾は男根を意味するとか、その水浴は自慰行為を象徴するとかいった説も唱えられているようだが、いささかこれは穿った解釈のように思われる。夫婦といえども覗いてはならぬ、エロスの深い闇がある。そのくらいの解釈で充分なのではあるまいか。


 ちなみにル・ゴフとルロワ・ラデュリの論文によれば、メリュジーヌの物語にはさまざまな類話があり、もっとも早いものだと十二世紀の終わり頃に、この物語のヴァリアントが見られるそうだ。このほかドイツ語圏にも類話が伝わっているそうだが、こちらはフランス語圏のものとは同一とは思えないほど異なっていて、まさに「所変われば品変わる」の感を抱かされる。
 さて、フランス語圏のメリュジーヌ伝説に話を戻せば、十七世紀に入る頃から、さしものメリュジーヌも悪魔の化身として描かれるようになったそうである。キリスト教的な道徳があまねく覆った近世以降のヨーロッパは、古代の妖精メリュジーヌには生きにくい場所だったのかもしれない。





sd32.jpg
クードレット『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語』








樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



400.png   sitelogo-2.png