樋口ヒロユキ ソドムの百二十冊 #34 ジャン=クリスティァン・プティフィス『ルイ十四世宮廷毒殺事件』

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第三十四回

ジャン=クリスティァン・プティフィス 
『ルイ十四世宮廷毒殺事件』



★太陽王ルイ十四世の時代の魔女



 魔女及び魔女狩りの話、個人的に興味深いのでさらに続ける。
 魔女集会とか黒ミサと言えば、人知れぬ深い森の奥を、その会場として連想しがちである。だが十七世紀後半のフランスでは、なんと宮廷社会のど真ん中で黒ミサが行われて露見し、大スキャンダルに発展した事件があった。十七世紀といえば魔女狩りの嵐も一段落した頃、太陽王ことルイ十四世が絶対的な権勢を誇った時代である。
 太陽王の時代といえばフランスの海外植民地が急拡大し、あの広大なベルサイユ宮殿が造営され、バロック文化の花が咲き誇った黄金時代である。我が国でいえばちょうど江戸時代であり、元禄文化の華も咲こうかという頃だ。儀式やまじないで天候や人心が左右されることもない、という程度には合理主義も行き渡っていたはずのこの時代、黒ミサや悪魔崇拝などというものが猖獗を極めていたとは、いささか奇異に感じられる。


 この事件を各種の公判記録から詳細に追い、その真相を明らかにした書物が、ここに紹介するジャン=クリスティァン・プティフィスの『ルイ十四世宮廷毒殺事件』である。もっともこの頃の魔女ともなると、古代の異教の名残りを残したサバトのような、ロマンティックなものではない。魔女集会のもっぱらの目的は、有力な王侯貴族の歓心を買うための儀式や媚薬の調合が中心で、要は現世利益のための儀式である。
 占いの需要が女性の間で高く、しかも恋占いが中心を占めるのは、古今東西いずこでも同じことのようだ。当時、街外れには占いを生業とする者が軒を連ね、魔女の儀式を行っていたという。恋に悩んだ貴婦人たちは、こぞってこうした「魔女の館」を訪れた。魔女たちはこうした顧客たちを、恋が成就する魔法の儀式へと誘い、怪しげな恋の魔法を伝授したのである。


 恋に悩む女性たちが美容に凝るのも、これまた古今東西に通じる不変の真理である。魔女たちは悩める貴婦人に、香油やクリーム、怪しげな媚薬を売りつけていたらしい。当時の魔女は薬剤師も兼ねており、彼女たちはこうした美容関連商品を、悩める貴婦人に売りさばいていた。だが、それとともに占い師たちが、貴婦人たちに密かに売りさばいたものがあった。毒薬である。


 顧客として占い師の許を訪れる貴婦人たちは、恋のライバルを蹴落とすべく、争って毒薬を買い求めた。毒殺の対象は恋敵ばかりでなく、浪費癖があったり稼ぎが悪かったり、浮気性な亭主たちも含まれていた。さらには用済みになった愛人や、遺産をなかなか相続しようとしない親なども毒殺の対象になったため、隠語では毒薬のことを「相続の粉薬」と呼んだらしい。こうしたものを密売していたのが、十七世紀の魔女だったのだ。もはや魔女というより犯罪者集団である。



★郊外のスラムの荒んだ魔女たち



 こうした「魔女」たちが店を構えるのはもっぱら郊外のスラム地域で、もとはゴミ捨て場だったような場所だそうだ。場合によっては曖昧宿の経営者なども兼ねていたというから、なんとも荒んだ魔女というほかなく、往時の太古の女神を奉じたおおらかな魔女たちとは雲泥の開きがある。
 さて、これら魔女の秘薬による毒殺事件のいくつかが明るみに出るうち、意外なその顧客層が明らかになった。宮廷に出入りする上流階級の人々が、胡散臭い魔女の顧客として、芋づる式に検挙されていったのである。事態を重く見たルイ十四世は、通常の法廷とは別に火刑裁判所を開廷。次々に容疑者を検挙していった。


 果たせるかな、容疑者には数多くの貴人たちが含まれていた。裁判長の妻、高等法院審査官の妻、シシリー副王の妻などなど……。こうした事件が次々に明るみに出るや、フランス全土はパニック状態に陥ったという。夫婦や親子、主人と使用人が互いに互いを疑って疑心暗鬼となり、最後は食あたりがあっただけで、その家の下女や召使いが逮捕される騒ぎも起こったそうだ。
 こうした検挙の数珠つなぎの果てに、検察官は驚くべき事実を掴む。ルイ十四世の寵妾モンテスパン夫人付きの侍女、デズイエ嬢が捜査線上に浮かんだのである。札付きの堕胎屋で毒薬販売業者だった魔女ラ・ヴォワザンのもとに、デズイエ嬢は足しげく通っていたのだ。もしこれが本当なら、デズイエ嬢の主人であった、ルイ十四世の愛妾、モンテスパン夫人にも疑惑が及ぶ。


 疑惑が発覚したモンテスパン夫人は当時、ルイ十四世の寵愛を失い、それと入れ替わりに新しい寵妃フォンタンジュ嬢が我が世の春を謳歌していた。モンテスパン夫人は嫉妬心から、ルイ十四世とフォンタンジュ嬢を殺害せんとしていたのではないか。果たして国王毒殺計画はあったのか、その首謀者は誰なのか。ルイ十四世はこの問題を他の事件とは切り離し、厳重な情報統制を敷きながら捜査の継続を命ずるのである。
 著者のジャン=クリスティァン・プティフィスは在野の歴史学者ではあるが、パリ政治学院とソルボンヌ大学に学び、政治学の博士号を取得。アカデミー・フランセーズ賞などを受賞したという人だ。著者は本書でルイ十四世が封印しようとした極秘資料を発掘、フランス十七世紀における大逆事件の真相に迫っていくが、その推理はきわめて緻密で、ミステリーのような趣きがある。最後にはあっと驚くどんでん返しが用意されているが、これをバラすと面白くも何ともないので、是非お読みいただきたい。



★文豪ラシーヌは毒殺事件に関与したか?



 同書に描かれる魔女たちは、毒薬を購入した顧客と集って黒ミサをやったが、そこではキリスト教の儀式を性的にパロディー化する儀式が行われていたらしい。祭壇ではなく裸体の女性の上でミサを行い、祭壇に接吻する替わりに女性の恥部に接吻し、神ならぬ悪魔の名を唱えながら乱交する、といった具合である。おそらくはカネ目的だろうが、こうした儀式を執行する本物の司祭までいたというから呆れるほかない。
 通常のミサでは赤ワインを啜るのが普通だが、黒ミサでは堕胎した胎児や新生児の血液を啜るといった行為も行われたそうだ。魔女たちの中には産婆を生業とする者も混じっていたから、堕胎した胎児を入手するのは難しくなかったのだろう。こうした胎児は売れば相当な金額になったそうで、なかには売り物の堕胎薬を使い、自ら孕んだ胎児を堕ろして売った魔女もいたという。ここまで来るともはや彼女たちは内面から、本物の魔女に成り果てていたというほかない。


 愛人の毒殺容疑がかけられたのは女性ばかりではなく、男性もいた。なかでもフランスを代表する悲劇作家、ラシーヌまでもがそのなかに含まれていたという事実には驚くほかない。ラシーヌは当時、マルキーズという女優と事実婚の状態にあったが、この女性を毒殺した容疑がかけられたのだ。マルキーズの死後、ラシーヌは狂ったような放蕩生活を送り、しかもその一年後には『ブリタニキュス』という毒殺をテーマにした悲劇を書いている。状況証拠は真っ黒なのだ。
 本書の著者は、ラシーヌがあまりにも繊細な人物であったため、マルキーズの死後に自暴自棄となり、放蕩生活を送ったのだと主張している。また、もし本当にラシーヌが毒殺犯なら、毒殺をテーマにした芝居など書かなかったはずだと主張して、ラシーヌへの容疑は濡れ衣だと結論づけている。


 だが、著者の推理はいささかラシーヌその人を、人格的に信頼し過ぎているように私には思える。古い愛人を毒殺して放蕩三昧に耽り、自身の犯行に触発されて毒殺事件の芝居を書いた、という推理も充分に成り立つはずだ。本筋のルイ十四世毒殺未遂事件では水際立った分析を見せている著者だが、どうもラシーヌ事件の推理では精彩を欠く。さて真相はどうだったのだろう。



★魔女の毒薬の正体とエロスの関係



 さて、以上の通り十七世紀の魔女裁判を見てみると、なんとも殺伐とした思いに囚われる。前時代の魔女たちが、まがりなりにも太古の大地母神信仰との関わりがあったのに比べ、この時代の魔女たちは欲得づくで行動してばかりいるからだ。深い森の中でエロスを謳歌するサバトに群れ集うのではなく、都市のスラムで嫉妬に狂い、カネ目当てで夫を毒殺する。そんな十七世紀の魔女たちは、なんとも浅ましいというほかない。
 彼女たちの多くは錬金術にも手を出していたが、これもまた単なるカネ目当てでしかなかったようだ。本来の錬金術は黄金の錬成をするばかりでなく、人格的な錬成を行うところに目的があったはずなのだが、彼女たちにはそうした深遠さは見られない。単にカネ目当てに堕した錬金術が向かった先は、既存の貨幣を改鋳した偽金づくりだ。まったくもって唾棄すべき連中である。


 とはいえ魔女たちの側にも酌むべき事情がある。当時の上流階級の結婚は、そのほとんどが政略結婚であり、愛情の伴わぬ無味乾燥なものであった。そうした空漠たる日々に耐え難さを感じるうち、ようやく真実の愛に巡り会えたとしても、離婚や不倫は許されていない。不義密通を犯せば一般施療院送りであったという。そうしたがんじがらめの生活を唯一突破するための秘薬こそ、魔女の手になる毒薬だったのである。
 十七世紀の貴族たちは、健全なエロスの発露を欲得づくの政略結婚で封殺しようとした。その結果、貴婦人たちの体内で持て余されたエロスの澱みは、人知れず膿み腐っていった。こうしたエロスの血膿を煮詰めて蒸留したものこそが、魔女たちの毒だったのだ、というのが私の見立てだが、どうだろう。だとするなら毒殺された亭主たちは、自業自得の死を遂げたのだと言える。いずれにしても殺伐とした時代である。




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ジャン=クリスティァン・プティフィス『ルイ十四世宮廷毒殺事件』






樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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