樋口ヒロユキ ソドムの百二十冊 #35 ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき』

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第三十五回

ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき』



★一夫多妻制を奉じるモルモン原理主義者



さて、ここでは十九世紀に生まれたキリスト教の分派、モルモン教のエロスについて考えてみたい。なかでもここで考えたいのは「モルモン原理主義者」と呼ばれる一群についてである。なぜか。彼らが一夫多妻制を教義として奉じる一群だからだ。
 もともとモルモン教は一八三〇年に創始された、キリスト教の分派である。彼らは新旧の聖書を奉じるところまではキリスト教徒と同じだが、それ以外に「モルモン経」と題された独自の教典を持つ。このためキリスト教の諸宗派からは、彼らは異端、あるいはキリスト教とはもはや別種の、アメリカ生まれの新興宗教と見られている。


 モルモン教はその歴史の初期の段階では、一夫多妻制を教義の一つとしていた。もちろん一夫多妻は現在では合衆国の法律によって禁じられているし、モルモン教の公式な教義の上からも消えている。とはいえ、かたくなにこの初期の教義を守る一群もおり、彼らは幾つかのコロニーを作って独自の生活を営んでいる。これがモルモン原理主義者と呼ばれる人々である。
 米国のジャーナリスト、ジョン・クラカワーのドキュメンタリー『信仰が人を殺すとき』はこの奇妙な集団の持つ、一種異様な性格を探る書物である。叙述の中心となるのは一九八〇年代の中頃に、モルモン原理主義者の兄弟が犯した殺人事件だ。ロン・ラファティ、ダン・ラファティというこの二人の兄弟は「神のお告げ」を聞いて、彼らの弟の妻と赤ん坊を惨殺してしまったのである。


 モルモン教はその初期の段階では合衆国政府に対して公然と敵対する姿勢を採っており、合衆国内において独立した宗教国家のような体制を取っていた。当然、周囲のキリスト教徒との諍いは絶えず、教祖のジョセフ・スミスはキリスト教徒からの私刑によって殺害されてさえいる。ラファティ兄弟の殺人は、こうした「聖戦」の血塗られた伝統を受け継ぐものなのである。



★孤立したコロニーでの神権的ペドファイル



 もちろん現在の一般のモルモン教徒には、こうした殺人思想を肯定する信者はほぼ皆無である。ゼロ年代の初めごろの調査によれば、モルモン教徒は全世界で千百万人にも及び、そのほとんどは保守的な共和党支持者で、敬虔で勤勉であることが広く知られている。当然モルモン原理主義者でも、殺人を容認する者は圧倒的少数派だろう。
 ところが、もう一つの初期モルモンの教義である一夫多妻制となると、こちらは相当数の原理主義者が今もなお信奉している。同書によればカナダ、メキシコ、アメリカ西部の一帯には、こうした一夫多妻制の原理主義者が、推定で三万〜十万人ほど生活しているという。実際、モルモン教の開祖であるジョセフ・スミスは少なくとも三十三名、おそらくは四十八名ほどの女性と結婚したとされているのである。


 二代目の教会指導者、ブリガム・ヤングの時代に入ると、彼らは公然と一夫多妻制を教義に掲げだす。当然ながら合衆国政府はこの教義をめぐって教団と対立し、ユタ準州政府との軍事衝突の寸前まで行くことになる。モルモン教徒がしぶしぶ一夫多妻制を放棄するのは、一八八七年に教団への解散命令と資産没収の法律が成立して以降のことだ。だがこれも表面的なポーズに過ぎず、密かにモルモンの教会指導者たちは一夫多妻制を守るため、メキシコとカナダに信者集団を大量に送り込んでいたのである。
 現在の原理主義者コロニーは、こうした一群の一夫多妻主義者たちの流れを汲むものである。たとえば人口九千人のコロラド・シティは、ほぼ全員がモルモン原理主義者の都市だ。この都市での教会「UEP」の指導者、通称アンクル・クーロンは、なんと推定七十五名もの妻を持ち、六十五名もの子どもを作っているという。最後の方の妻とは八十代で結婚したが、相手は十四、五歳だったらしい。同世代どうしの相思相愛の関係であれば目くじらを立てる必要もないだろうが、その相手が八十代の老人、しかも宗教的権威を笠に着ての重婚なのだから論外だ。


 この町はグランドキャニオンのど真ん中で孤立している上、学校も警察も司法も行政もすべてが原理主義者で占められているため、脱出する手段は皆無に等しい。もちろん人目を盗んで脱走を試みる少女もいるが、捕まれば人里離れた牧場にある再教育キャンプに送られ、鞭で打たれるのである。
 アンクル・クーロンに代表されるように、このコミュニティーで目につくのはペドファイル的な性関係である。十代前半で一回り以上も歳上の男性と結婚させられる例が目につくのだ。これは考えれば当然の話で、ここで認められているのはあくまで「一夫多妻」であり、夫の側には重婚が認められていても、妻の側は重婚できない。したがって同世代の女性が結婚してしまえば、次の妻は下の世代から探さざるを得なくなるのだ。



★厳格な家父長制とエロスの地獄



 しかもこうした結婚の相手は、しばしば宗教指導者が勝手に決める。十代前半で半強制的に結婚させられて妊娠すれば、学校にも通えない。このため多くの少女が望まない結婚や妊娠をさせられ、教育を受ける機会も奪われているのである。
 おまけにモルモン原理主義者たちは厳格な家父長制を理念に掲げており、家長に逆らうことは許されず、身に着ける下着のデザインまで定められている。そこでは結婚前のセックスどころかデートでさえ禁止なのだ。要するに自然な恋愛感情が芽生える前に摘み取られてしまい、指導者の薦める「聖なる結婚」こそが正しいものであるかのように、幼少期から洗脳されるのである。


 こうした過剰なエロスの抑圧が常態化しているため、逆に彼らのコミュニティーの中では幼児への性的暴行やレイプが頻発し、なかには歯が生え変わる年頃の小学生ですら妊娠してしまうケースもあるという。しかも異常に厳格な家父長制のせいで、不妊や流産は女性側の責任とされる。こうした事態に見舞われた女性たちは、下品な言葉で町中から罵倒される目にあうのである。
 このほか妻同士の嫉妬は日常的だし、普通に愛しあって結婚したと思ったら、実は自分の連れ子が相手の目的だった、というケースもある。もちろん抗議すれば暴力の嵐である。さらには原理主義者がコミュニティーの外から少女を拉致して「結婚」する事件も起きているらしい。一言でいってエロスの生き地獄も同然である。


 もちろん世界は広く婚姻制度もまたまちまちで、一夫多妻制を保ちながら安定したコミュニティーを築いている社会もあるのかもしれない。だがしかし、自らの所属する国の法令に背き、周囲の社会の情報をシャットアウトしてまでその制度を維持している集団となると、もはや破壊的カルトとしかいいようがない。実際、UEPではテレビの視聴や新聞、雑誌の購読が禁じられており、しかも多重婚で子どもを産んだ妻たちは、法制上はシングルマザーと見なされる。このため彼らは生活保護などの公的扶助を、年間六百万ドル以上も費消しているのである。



★「妻は牛馬と同じ、夫の所有物である」



 それにしてもどうして、こんな不幸を引き起こす一夫多妻制を、初期モルモン教徒は教義として掲げたのだろうか。ここで十九世紀に発行された、一夫多妻制を讃えるモルモン原理主義者のパンフレット『調停者』の一部分を、本書中から以下に孫引きするのでご覧いただきたい。
 「妻は神の法に則して夫の管理下に置かれる。夫が家長だからである。(略)男性からの権力の剥奪を願い出ることも許されない。ただ、服従するのだ……。(略)ここで、妻は、従者、お手伝い、牛、馬と同様、夫の所有物であることを宣言する……。[一夫多妻の神聖な教義を放棄したこと]で、無数の犯罪カタログが作られたことは明白である」(ウドニィ・ヘイ・ジェイコブズ『調停者』)


 いわば女性は牛馬と同じなので、たくさん持った方が良いという理屈である。しかも地上にはびこるあらゆる犯罪の根源は、こうした男尊女卑の姿勢を、人が忘れたからだというのだ。さすがの私もここまでひどいミソジニスト的言辞は見たことがない。ちなみに冒頭に紹介したラファティ兄弟が原理主義にはまり込むきっかけを作ったのはこの書物である。この書物に秘められた過激なミソジニーは、ついに殺人事件を引き起こすところまで彼らを追い込んだのだ。
 しかも一夫多妻制を最初に提唱した教祖ジョセフ・スミスは、当初この教義を内密にしており、いわば密教的な秘儀として側近にだけ伝えていたという。スミスは一夫多妻を正当化するのに、旧約時代の一夫多妻制を持ち出していたらしい。彼が典拠にしたのはアブラハムやヤコブ、つまりは伝説なのか史実なのかも定かでないような、創世記に登場する人々の時代の話である。


 スミスは四十名前後の妻たちと結婚生活を送りながら、頻繁に売春宿に出入りしていたという。旧約に一夫多妻の典拠を求めたのは、単に自らの浮気癖を合理化するためだったのに違いあるまい。こうしてスミスは好き放題に多数の妻や売春婦との情交を重ねる一方、妻には一切の不倫行為を許さなかったという。こうした身勝手な振る舞いが教義化されることによって強烈なミソジニー集団を生み、歪んだ神権的ペドファイルの王国を創り上げていったのである。



★独善的宗教による乱倫と暴力


 本書はその冒頭に、モルモン原理主義とよく似た集団の例として、我が国のオウム真理教を挙げている。数千人以上が死傷した地下鉄サリン事件を筆頭に、数多くの人々を死傷させたこのカルト教団の教祖は、やはり多数の「妻」を密かに侍らせる一夫多妻状態をしきつつ、信者たちのエロスは厳密に管理する、密教的エロス支配を行っていた。要は宗教的独裁者というのは、世界中いつでもどこでも同じことをするものらしい。


 ちなみに初期モルモン教団は、何の罪もない幌馬車隊を襲って一四〇名を殺害し、金品を奪う事件を引き起こしている。一八五七年の「マウンテン・メドウの虐殺」と呼ばれる事件がそれで、本書にはその顛末も詳細に綴られている。このほか本書には、初期モルモン教徒やモルモン原理主義者の引き起こした凄惨な犯罪についても実に詳細に記されている。レイプ、殺人、レイプ、殺人、そしてレイプ……といった具合だ。
 本書の著者が指摘する通り、独善的な宗教が乱倫と大規模な暴力の双方に結びついたという意味で、オウム真理教と初期モルモン教はよく似ている。独善的な宗教というものは、ことほどさようにエロスを荒廃させるものなのかもしれない。





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ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき』






樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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