樋口ヒロユキ ソドムの百二十冊 #38 遠藤周作『留学』

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第三十八回

遠藤周作『留学』



★日本と西欧社会のエロスの差異



 かつて我が国では、エロスに対する厳格な規律意識を持ってはいなかった。江戸時代まで我が国に公娼制度があったのは事実だし、地方に行けば近代以降も「夜ばい」の習慣が残っていた。確かに都市部では江戸時代でも不義密通は死罪であったが、それはエロスそのものが罰されたというよりも「他人の妻を盗る」という行為への禁止として意識されたのではないかと思う。
 こうした我が国の前近代における性に対するおおらかさを、決して理想化して語ることはできない。公娼制度にせよ夜ばいにせよ、それらは「男にとっての性的自由」であって、女性には性的な選択権など実質的になかったからである。


 とはいえ、前近代のキリスト教圏におけるエロスへの禁忌のありようを見るとき、我々はそこに異様に狭量なものを感じて戸惑わざるを得ないだろう。たとえば幼少期の段階から自慰行為が厳しく禁止され、肛門性交は死罪となり、中世にあっては女性上位や後背位での性交すら「神に背く行為」とされたのだから。このように個人の寝室の中にまで性的なモラルが監視の視線を張り巡らせるような文化を、日本人は経験したことがない。せいぜいが「バレたら恥ずかしい」と思う程度のことである。
 もう一つ我が国と西欧社会では、エロスにおける禁忌のあり方に大きな違いがある。我が国では「お上」が性的放縦や猥褻表現を取り締まったのに対して、彼の地では宗教、すなわちキリスト教道徳がこれを行ったという点である。西欧社会において性的な逸脱行為は、そのまま神への叛逆を意味したのだ。こうしたまさに背徳的なエロスのありようを、私たち日本人は自らの体感として経験したことがないのではないか。


 遠藤周作の小説『留学』は、クリスチャン作家である遠藤が真正面からこの問題に取り組んだ、一九六五年の作品だ。全体では三部構成になっているが、ここで紹介したいのはもっとも長く、全体の八割がたを占める第三部「爾もまた」である。



★出世の道具としてサド研究に取り組む倒錯



 主人公の田中はマルキ・ド・サドの研究のために、パリへと渡った仏文学の講師だが、エリート臭ふんぷんたる人物として描かれている。それもそのはず、当時はおいそれと海外へ行ける時代ではない。海外渡航は戦中戦後にわたって厳しく制限されており、海外渡航が認められるのは政府関係者の視察や留学などの場合のみだったのである。
 商用での海外渡航が可能になったのは一九六三年、観光旅行が可能になるのは一九六四年で、いちおう本書刊行時には観光旅行も可能だったが、それでも一人年間一回限り、しかもドルの持ち出しは五〇〇ドルまでに制限されていた。要するに当時はまだまだ単なる物見遊山で海外に行くことなどもってのほかで、商用よりも研究目的が優先された時代だったのである。


 本書冒頭には飛行機でビジネスマンの一団に乗り合わせた主人公が、彼らに侮蔑的な視線を向ける場面が出てくるが、これはこうした時代背景によっている。おそらくは「昨日今日に渡航が許可された、商売人の銭儲け目的の渡航とはわけが違う」とでも思っているのだろう。田中にとって海外の知的産物を吸収して持ち帰ることは、エリートにだけ許された特権だったのである。
 さて、そんなエリート意識に凝り固まった主人公の田中は、サドの倫理的、宗教的位置づけを考慮した上で研究対象に選んだわけではない。本作が執筆された一九六五年当時は澁澤龍彦によるサドの邦訳書が猥褻文書として裁かれた「サド裁判」の真っ最中で、我が国におけるサドの紹介や研究はほとんど手つかずの状態にあった。田中はいわばそうした「ハシリ」の作家であるサドに「早い者勝ち」の論理で手を着けただけの、功利主義的な出世の虫だったのである。


 ところが彼が研究対象に選んだサドは、フランス革命前後に数々の拷問と背徳行為によって投獄され、獄中でその思いの丈を書き綴ることによって作家となった男である。凄まじいまでの性的放縦を描き、また自身でも実践したこの異端児は、神への叛逆としてのエロスを縦横無尽に描いた男だ。つまりサドとは裏返しのキリスト教道徳を体現する作家なのであり、それを研究する主人公の田中とはまったく逆の、まったく制度外にある文学的危険人物なのである。
 主人公の目的は、サドの文学的「成果」をちょいちょいと切り刻み、我が国に持ち帰って出世の道具にしようとするところにある。本文中には記述がないが、裁判で世間の耳目を集めるサドの専門家となれば、出世競争で有利な小道具に使えるのではないかという下心も透けて見える。あまりにも小市民的な下心と、その道具にしようとする作家の巨大さや異様さが、ここではまるで釣り合っていないのである。



★肉体への無知に復讐される主人公



 こうした自己中心的なエリート意識に凝り固まった田中の留学生活は、意外なほどつまらない理由から、周囲との齟齬を来すようになる。空港で早口のフランス語が理解できずにまごつく。ホテルの廊下をスリッパ一つの裸足で歩き回って恥をかく。そして先に渡仏していた日本人画家や作家たちといさかいを起こし、パリの日本人コミュニティーから浮き上がってしまう……。
 作中で田中が経験するのはごく些細なトラブルに過ぎず、海外に出たら誰もが一度や二度は経験することである。それを重大なものに見せているのは、彼自身の抱えている歪んだ選民意識だろう。だが注意しておきたいのは田中の躓きの原因が、しばしば身体的な日常動作にあるということだ。


 文字であれば難なく十八世紀のフランス文学を読みこなす主人公は、たかだか空港での定型的な会話が聴き取れずに難渋する。現地の人間にとっては裸体同然のスリッパ裸足でホテルの廊下を歩いてしまうのも、裸体と着衣を分節する身体的コードを知らないためである。そしてとどめに、現地では肛門に挿して使う体温計を、彼は口にくわえて検温しようとしてしまうのである。
 サドが肛門性交を犯した罪で裁かれた男であったことを思い浮かべると、この場面は意味深長である。つまりこの主人公は、エロスという身体的コードの根幹を抉ろうとした作家を研究対象にしていながら、彼の地の身体のありようについては、まるで無知なままなのだ。実際、彼は現地で娼婦から声をかけられ、慌てて逃げ出すという奇妙な臆病さまで発揮する。つまり田中は異文化ギャップに苦しんでいるというより、肉体に関する無知に苦しめられているのである。


 そして物語の終盤近く、田中はその高慢な態度への報いを、まさに肉体的な形で受けることになるだろう。かつてサドが暮らしたラコストの城、雪に閉ざされたその廃墟で、主人公が受けるこの裁きの場面には、まさに神への叛逆こそがエロスであることが、実に鮮やかに示されている。ここではその詳細には触れないので、是非本書でじかにお読みになっていただきたい。



★裏返しの信仰としてのサドに迫った作家




 さて、そんな本作の作者である遠藤周作は、中学生時代に洗礼を受け、キリスト教の問題を幾度も描いたクリスチャン作家として知られている。そんな遠藤にとって、キリスト教道徳を踏みにじる苛烈なエロスの作家であるサドは、キリスト教のネガとして重要な人物だったのではないか。
 実際、彼は小説家としてデビューする以前の一九五〇年には、カソリック作家の研究を目的にフランスに留学。一九五九年にはサドについての研究を目的に渡仏して、作家でありサドの伝記作家でもあるピエール・クロソフスキーや、やはりサドの伝記作家であるジルベール・レリイと面会している。本作の骨格はこの二度のフランス滞在を下敷きとした半私小説なのである。


 遠藤がこの作品を書いてから半世紀近く経ち、海外渡航も留学もごく当たり前のこととなった。現在の読者の中にはここに描かれる異文化とのギャップを「おおげさではないか」とか「昔は大変だったのだな」と受け流す方も多いかもしれない。だが本書をエロスの問題を描いた作品として捉え直すと、どうだろう。ここに描かれているのは、いわば「裏返しの信仰」としてのエロス、逆光の中の神の姿としてのエロスである。そうした苛烈な異端のエロスを、私たちは体の芯から感じたことがあるだろうか。
 身体のありようを寝室の中でさえ厳密に律する正統な信仰があればこそ、初めてその陰画としての異端が存在しうる。正統も異端もともに存在しない、ある意味で空虚な我が国の精神と肉体の風土を描き出しつつ、返す刀で異端というものが本来的に持っている重さを描いたものが本作である。批評家の柄谷行人をはじめ「我が国に異端文学などない」と断言する論者は少なくない。私もほぼこれに同意するが、本物のクリスチャン作家、遠藤周作の手になる本作は、まさに異端の本質に迫ったものと言えまいか。


 ちなみに作中、ラコストの城は石材として切り売りされ、あと二年もすれば消えてしまうだろうと書かれているが、いまもこの城の廃墟は破壊を免れ、現地に聳え立っているそうだ。裏返しの神、サドの居城は、そう簡単に消え去りそうもない。





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遠藤周作『留学』






樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟



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