吉本隆明、性を語る。 ?コイトゥス再考? 4

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?家族制度の強固さに性の問題がわれてしまっている。これは僕の中に今も残っているエロスの問題です


―その点について、もう少し詳しくご説明頂けますか?

吉本 関心が薄い、強いというのは表層的な部分です。つまりエロティックなものが外に向かって表象されないということなんです。同種族間の結合力の方にエロティックな問題が回収されてしまっている、血縁の男女間の繋がりが非常に強固であるのが妨げになって、エロスの問題が語られづらくなっているように思います。そこでエロスが何かにすり替えられてしまうんですね。しかし、これは一歩間違えれば近親相姦の領域に入ってゆきかねない。

―日本の家庭内における母子関係の強固さについては以前からご指摘されてらっしゃいましたね。

吉本 そこが一番大きいんじゃないかなと思ってます。皆さんが東北の人だったらちょっと困ってしまいますけど、僕は東北の人達と五年程前から付き合いをもっているんですが、東北地方の一部の地域においては、この同族意識、家族意識が、他の地域と比べても強固に社会化されていて、エロスの問題が明確にそこに回収されてしまっている気がするんです。僕はその問題に5年間悩まされています。

―と、言いますと?

吉本 最初にも言いましたが、エロスというのは家庭的要素と社会的要素に大別されるもので、これは同視できるものではないんですが、それが混合されている節があるんですね。性的な男女関係というのは元々は異族の男女が、親愛感をもつことに始まり、一緒に同居して暮らし、家を作り、その家が拡大すると親戚の集団となっていくというものです。一方、社会集団、政治集団、趣味の集団など、親族の集団の外にはたくさんの集団がありますが、これらは飽くまでも社会的なものであって、家族集団や親族集団とは全く違う。

つまり、血縁の男女間の問題と、結婚して所帯を持っていい男女間の混合がある気がするんです。それが一緒くたにされてしまうのは間違いなんです。なぜ間違いかと言えば、それを累代重ねていきますと、精神的な障害者、肉体的な障害者が生まれやすくなってしまう。そのおおよそのところは医学的に明らかになっている。同族男女の結合は禁制とまでは言いませんが、一応は遠慮すべき事柄なんです。

―日本的な家族関係の強固さが、過度に内向したエロスを生ぜしめかねないということでしょうか?

吉本 近親関係、家族関係の結合の仕方の中でエロスが過剰に内密的に扱われてしまっている。さらに、それを余り問題にしてはいけないという気風がある。これは日本全体においても言えることです。例えばある学校で、学校の先生が生徒も交えたところにいる場面で、話題がエロスになったとします。僕がエロスと家族制度について話をしていたりすると、学校の先生は、「そういうことを余りしゃべらないでください」と手の信号で合図してくるんですね。おおっぴらに語ることが許されない。家族制度の強固さに性の問題が食われてしまっているんです。

異なる血縁集団に属する他者との性的結合が、外へ外へと拡大してゆく運動なのに対し、近親相姦は、内へ内へと向かう運動であり、これは社会を縮小させてしまいます。家族集団と社会集団の相互侵犯の関係というのは、これまでは悩まなくていい問題だったんですが、現在は物凄く大きな負担として僕にのしかかっています。

―近年、親族間における殺人事件などの増加が取沙汰されていますが、それは同じ問題の別の表れであるようにも思えます。

吉本 そう考えることもできるんじゃないかと思います。非常に閉じられたところで血縁同士がエロス的に結合してゆくというのは混淆も甚だしい。お前達は変態じゃないか、と言いたくなる時があります。

―この状況を変えるために、吉本さんに何かお考えはありますか?

吉本 日本人という人種にとって一つ抜け道があるとすれば、血縁の結合感を少し緩くしたほうがいいぜ、ということですね。「なにがだめなんだ、やることはやっている」、となるかもしれないけど、心理的にも生理的にも、また社会的にも、変な方向にいくよ、と言いたいです。あるいは歴史の中では、そういう子供が誕生した時に、人間とも言えないような小さい内に密殺してしまったというような話もあったのかもしれません。はっきりさせるべきことは、はっきりさせないといけない。家族集団と社会集団は明らかに違う。これは言わなければいけないし、追求していかなければいけない。これは僕の中に今も残っているエロスの問題です。

―なるほど。非常に勉強になりました。……お聞きしたいことはまだまだあるのですが、お時間も遅くなって参りましたし、本日はここで終了とさせて頂きたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

吉本 いえ、こちらこそ、ありがとうございました。






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吉本隆明(よしもとたかあき)

1924年生まれ。詩人、思想家。名の隆明は「リュウメイ」と有職読みされることも多い。日本の思想界を支え続けた「戦後最大の思想家」である。