「いまここ」をジャンプさせる“非物語”映画 7月6日公開『タリウム少女毒殺日記』 土屋豊監督&倉持由香インタビュー

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「いまここ」をジャンプさせる“非物語”映画 
7月6日公開『タリウム少女毒殺日記』
土屋豊監督&倉持由香インタビュー

取材・文/辻陽介


「アイ・ヘイト・ディス・ムービー」

ロッテルダム映画祭で上映された『タリウム少女の毒殺日記』に、観客の一人が放ったとされる、賞賛の言葉。

罵声ではない。けだし賞賛である。なぜか。
それは、この「ヘイト」こそ、土屋豊監督の黒い思惑が映画作品の中に十全に結実していることを明かす、なによりの証左だからだ。

映画は7月6日公開となるが、劇場に足を運ばれる方は、心して観られるとよい。
そして、もしあなたが本作に「ヘイト」を感じたならば、その「ヘイト」の理由をつぶさに観察してみるとよい。

その怜悧な眼差しが発見するであろうは、あなたが無意識の内に涵養していた、あなた自身の「バカの壁」である。あなたが普段、いかに己の「バカの壁」に囚われているか、本作がその度量衡となろう。

本稿は、5月下旬におこなわれた、土屋豊監督と主演女優・倉持由香氏への同時インタビューを纏めたものである。まだこの映画を観ていない人間、すでにこの映画を観た人間、いずれでも読めるように書いたつもりだが、いわゆる「ネタバレ」を含む記述も多く含んでいるため、そこらへんに五月蝿い方は急いで読まずとも結構である。

ところで、本作と近似するモチーフを扱った映画に、ミヒャエル・ハネケの『ベニーズ・ビデオ』がある。
私見だが、『タリウム少女の毒殺日記』によって、土屋豊はハネケを超えた。









ーまず土屋監督に伺います。監督は本作『タリウム少女の毒殺日記』を撮影するにあたり、2005年に起きた実際の事件「タリウム母親毒殺未遂事件」をその下敷きにされたわけですが、この事件をベースに映画を作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう。


土屋 はい。まず、2005年に少女が母親をタリウムによって毒殺未遂するという事件が起こったんですね。実際の犯人とされている人が当時まだ高校一年生であったこと、また、その事件と同時期に彼女が書いていたブログが公表されたことなどもあり、大きな話題になりました。僕もそのブログを読みましたが、書かれている内容が僕にとって非常に興味深かった。他の似たような事件…、まぁ似たような事件というのもそうはありませんが、例えば同じような親殺し、あるいは親殺し未遂の事件においては、親子関係の不和による憎悪であったり、慢性的なDVの延長線上で生じているケースが多い印象があったんです。ただこのタリウム事件にはそれらとはちょっと違うものを感じた。どう違うかと言うと、少女のブログからはお母さんに対する憎しみのような感情がまったく感じられなかったんですね。ただお母さんを実験対象にしただけ、という印象。それも、お母さんだから実験対象にしたというのではなく、対象はハムスターであっても同じことで、少女の場合はたまたま一番自分の近くにいて尚かつ観察しやすい対象がお母さんだったからお母さんで実験したみたいな、そういう印象だったんです。それが僕にとって衝撃的で、以来、母親とハムスターを等価に見てしまっている女子高生の視点が一体何なのだろうかということがずっと気になっていました。すでに事件からは8年経ってますが、その8年間、2005年以降に社会に起こった様々な事象、変化、たとえば監視社会がますます進展していたり、マーケティング原理が社会の隅々にまで浸透していたり、またネットもここまで普遍化し、といった社会の変化全てを、タリウム少女の視点で捉えたらどうなるのだろうかと考えたとき、それを映画で撮ってみたいと思ったんです。


―脚本執筆にあたっては実際の事件や少女のブログなどはどの程度参考にされたんですか?


土屋 実はあの事件そのものの背景、例えば少女がどんな高校に通っていて、普段はどのように振る舞っていたのかといったことについては一切調べていないんです。そもそも、そういったことに興味があったわけではなく、少女のブログから僕が読み取った視点に興味があったので、「彼女は実際にはこうであったんだ」といった再現ではなく、まったく新しいタリウム少女という存在を架空で作りたかった。ですので、ヒントにしたと言えるのは少女のブログがもつ世界観だけだと思います。


―では倉持さんに伺います。最初に本作の脚本を読んだ時、どのような印象を抱きました?


倉持 実は頂いた脚本というのが、いわゆる映画の台本といった感じの体裁ではなくって、コピー用紙に文字がプリントされただけのすごいざっくりとしたものだったんです。そこに「ここでグーグルアースの映像が入る」とか「科学者のインタビューが入る」とか「youtubeの映像が入る」とか、細かくいろいろと書かれていて、これは一体どういうことなんだろう、と。普通の映画じゃないっぽいぞ、と(笑)。ただ、一読してこれはきっと面白い作品になるんだろうな、というワクワク感は抱きました。


―ちなみに、実際に起こったタリウム事件については、台本を読む以前からご存知で?


倉持 そうですね。当時ネット上でも随分と話題になっていましたたので知っていました。


―脚本の中で描かれているタリウム少女のキャラクターについてはどのような印象を持ちましたか?


倉持 さきほど監督も仰っていたように、タリウム少女は本当に自分以外の人のことを、あるいは自分自身のことも観察対象としてしか捉えていない人なんですよね。他人に関しても自分に関しても無関心なんだろうなぁという印象です。


―同年代の女性として共感できる部分などは?


倉持 そうですね…、同年代ということに限らないでしょうし、また私だけじゃなく誰もが持っている部分だとは思うんですが、何かをしている時に、その何かをしている自分とは別に、その自分を客観視している自分もいる感じ…、これってみんなありますよね。多分、その客観視している時間がやたら長いのがタリウム少女なのかなって気がします。


土屋 確かにやたらと長い(笑)


―なるほど。では完成した作品を観られた時の感想はいかがでしたでしょう。


倉持 仮編集の段階からちょこちょこDVDを頂いて見てはいたんですけど、完成したものを見た時は「ああいう風に撮影したものを繋ぎ合わせるとこんな感じになるんだ」って、シンプルに編集ってすごいって思いました。脚本の時点ではイメージがつかなかった「ここでyoutubeの映像が入る」とかのシーンを実際に見た時は「こんな映像はこれまで見た事ないぞ」とワクワクしてましたね。


―ところで、倉持さんがタリウム少女役に抜擢された経緯というのはどういう?


土屋 タリウム少女役を演じれそうな人をネットで探していたところ、たまたま倉持さんの画像を発見したんです。だから、その写真が初対面みたいなものですね。この人ならタリウム少女役にぴったりはまるかもしれない、と直感的に思いました。「この目はちょっと普通と違う目だぞ」と。どう表現すればいいか分かりませんが、他の同年代の女性とは違うものを感じ、まぁ当時はどの窓口に連絡していいか分からなかったもので、倉持さんのmixi宛にメッセージを送ったんです。


倉持 そうそう、私個人のアカウントにメールがきたんです(笑)


土屋 当時はその窓口しか見つからなかったからね(笑)。その後、何度かメールのやり取りがあり、会うことになって。で、実際に会ったら、写真の印象そのままの人、あるいはより以上にその眼光の力を感じたので、すぐに決めましたね。僕、自分で言うのもなんですが、ドキュメンタリーを基本に撮ってきていましたから、それまで普通の劇映画のフォーマットで映画を撮ったことがなかったんです。それゆえ、「この人は芝居ができるのか」とか、そういう普通であれば重要視されるであろう部分がまったくどうでもよかった。それよりも、その人が持つ存在感で何か訴えてくるものがあれば絶対にいけるっていうのがあったんです。見た瞬間に「思った通りだ」と。「お願いします」って感じでしたね。


―確かに倉持さんはハマり役でした。


倉持 それ…、すごい変な感じですね(笑)。でも「倉持じゃなかった方がよかった」って言われるよりは全然嬉しいです。


―では倉持さんに。土屋監督の第一印象はいかがでした?


倉持 さっきの話にもあったように最初がmixiのメッセージだったので「なんだろう、これはいたずらかな」と思って削除しようかとも思ったんです。ただ、すごい丁寧な長文が書かれていたので、もしかしたらちゃんとした人かもしれないと思って、学校の近く、神保町でお話を伺うことになって。で、初めて会った時は、すごいオシャレな人だなって思いました。


―表面的な印象ですね(笑)


倉持 すごい表面的ですね(笑)。年齢よりすごく若く見えて、年齢不詳だなっていう。あと飄々とした方だなぁ、つかみどころのない不思議な方だなぁ、と思いました。


―先程、土屋監督は主演女優の選出にあたって演技を念頭に置いていなかったと言われましたが、撮影中には演技指導など行われたんですか?


土屋 なんでしょう、特に演技の指導というのは…


倉持 なかったですね(笑)


土屋 まぁ、できないですしね。それに必要も感じなかった。ただ一つ、タリウム少女の演技において気にしていた点は、とにかく「からっぽ」な感じでいて欲しかったんです。人形みたいにいて欲しかった。その点だけは前もって伝えましたね。少女の悲しみや怒りといった感情的な部分が零れでちゃうことのないようには注意していたつもりです。


倉持 監督から台詞の言い方とかについての細かい指示とかはなかったので、事前に台詞は覚えてもあえて練習などはせずに撮影に臨んで、からっぽでいようと、無の少女になろうとは心掛けていました。


―蛙を解剖する場面など、ややグロテスクと言えるシーンもありましたが。


倉持 もともとグロい漫画とか映画とか大好きなんです。『シグルイ』とか『寄生獣』とか。だから脚本を読んだ時点では抵抗とか感じなかったんですけど、いざ目の前にすると若干気持ち悪かったですね(笑)


土屋 さっき第一印象の話をしたけど、それに加えて、倉持さんの映画や漫画の趣味、世界観みたいなものが、この作品というより、僕自身の世界の見方とどこか通じているところもあるかなと思っているんです。そういう意味ではタリウム少女の「からっぽ」感みたいなものは、頑張ってやろうとしなくても自然にできちゃうんじゃないかな、と。


倉持 私もタリウム少女と同じで昔はすごい苛められてたんで、そういう意味でも共感できるところがあって。演技としては、そんなに難しいとは感じませんでした。


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土屋 豊
1966年生まれ。
1990年頃からビデオアート作品の制作を開始する。
同時期に、インディペンデント・メディアを使って社会変革を試みるメディア・アクティビズムに関わり始める。ビデオアクト・主宰/独立映画鍋・共同代表。
フィルモグラフィー
◆監督作品
『あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?』(1997年/53分)
(山形国際ドキュメンタリー映画祭、台湾国際ドキュメンタリーフェスティバル等、正式出品)
『新しい神様』(1999年/99分)
(山形国際ドキュメンタリー映画祭にて国際批評家連盟賞特別賞受賞)(ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭、ウィーン国際映画祭、台北金馬映画祭、全州国際映画祭等、正式出品)
『PEEP "TV" SHOW』(2003年/98分)
(ロッテルダム国際映画祭にて国際批評家連盟賞受賞)(モントリオール国際ニューシネマ映画祭にて最優秀長編映画賞受賞)(ハワイ国際映画祭にてNETPAC特別賞受賞)(ミュンヘン映画祭、香港国際映画祭、ウィーン国際映画祭、オスロ国際映画祭、シカゴアンダーグラウンド映画祭、ブリスベン国際映画祭、バンコク国際映画祭、ローマ映画祭、全州国際映画祭等、正式出品多数)


倉持 由香
1991年生まれ。現役女子大生。
グラビアアイドルとして活動する一方で、2010年には映画『新天然華汁さやか』に出演。また、インターネット上では『倉持×原田の女子動画【生】』というニコニコ動画の番組に出演するなど、グラビア以外でも活躍の場を広げている。今回『タリウム少女の毒殺日記』(2012)にて初主演を務めた。


『タリウム少女の毒殺日記』
監督・脚本・編集:土屋豊
出演:倉持由香、渡辺真起子、古舘寛治、Takahashi
撮影:飯塚諒 / 制作:太田信吾、岩淵弘樹 / チーフ助監督:江田剛士 / エンディング曲・挿入曲:AA= / 配給:アップリンク
日本/2012/カラー/HD/82分

公式ホームページ http://www.uplink.co.jp/thallium

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