ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ29
人形愛
LOVE DOLL : BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA
「人形愛」という言葉にヴィヴィットに反応してしまう人は多いだろう。なぜなら、男なら誰しも、自分の性欲の対象となる女を完全に独占して人形のように愛してみたい、あるいは人形のように自由自在に弄んでみたいという、その即物性にこそ、より欲情するものだからである。それでも、その対象が本当に人形で、全く動かず無反応な死体のようなものであったとしたら、人はその人形をどこまで愛せるものなのだろうか?
「人形愛」をひとつの性癖として人々に強烈に認識させたのは、ハンス・ベルメールをおいて他にはいない。彼を「球体関節人形」と結びつけたのは、その紹介者であった澁澤龍彦であり、日本でベルメールを引き継いだ人形作家の四谷シモンであったろう。しかし、ベルメール自身に立ち戻るなら、彼は一般に考えられているような病的な人形偏愛者ではない。晩年のパートナー、生身の女ウニカ・チュルンを心底愛していたし、彼の人形たちは、写真作品のモデルとして用いられていたのである。特に間接に球体を用い、ポーズを自由にかえられる人形の制作が可能となったのは、皮肉にも不仲の父親譲りの手先の器用さと素材加工の技術があったからだった。
ベルメールは、強権な父の圧力によって、その人生の半ばまで、非常に普通の人生を歩んでいた。第二次大戦という時代を背景に、ナチスへの反感、体制への抵抗が、彼に隠された創作意欲と結びつき、「人形」へと向かうきっかけとなった。それでも、生前に発表された人形の写真作品は、20点ほどという。彼は、小説などの挿絵画家として生計をたて、人形を用いた多くの写真作品は、遺言によって、彼の死後にやっと公開されたのである。ベルメールは段階的に間接人形を創作し、試行錯誤の結果、下半身を2つ繋ぎ合わされた人形へと行き着く、写真に彩色を施したものも多かった。一方で、チュルンをモデルとした緊縛写真では、細いひもで熟女の裸体を痛々しいほどに絞り上げ、彼が生身の肉体をどれほど愛していたかがわかるのだ。
ベルメールを解く鍵のひとつに、写真家アラーキーが、最愛の妻にしてモデルであった陽子さんにプロポーズした際、ベルメールの作品集をプレゼントしたという一件がある。陽子さんに「俺の人形になってくれ」という意味で、その本を送ったのではないかという短絡的な解釈が一般的だが、荒木はベルメールに“作家”として強く共感していたのではないかと思うのだ。
人形は所詮、人形である。そこに「自分」を投影するだけでは、完結した世界に閉じ込めれてしまう。「人形」の向こうに「他者」を感じることができるのか。「人形」という反社会性に「自分」でなく、「他者」を投影できるか。それがもっと広い意味での「人形愛」の可能性ではないか。「人形のように愛されたい女の子」たちもまた、反社会的な共犯者となることで、あなたの理想の“人形”となることを受け入れてくれるだろう。
●「人形愛」という性癖を強烈に印象づけたのは、シュールレアリズムの芸術家ハンス・ベルメールであった。彼は「球体人形」の作家として有名だが、生身の女ウニカ・チュルンを愛し、人形は写真作品のモデルだった。
●大人の男が少女の人形を溺愛する様は、ロリコンを連想させる。事実、ロリータが多くの男たちの禁断領域であるのと同様に、「人形愛」もまた、誰もが陥り易い誘惑に満ちている。それは人間の尊厳を捨てる“快楽”か?
●ゴスロリ系少女たちの間でも「人形愛」への憧れは強く、それはひとつの理想化された“愛”と“性”のスタイルになっている。「人形のように愛されたい女の子たち」に潜む願望は、無垢で自滅的な官能への憧れか?
ケロッピー前田
1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com
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