ケロッピー前田の変態カタログ★リターンズ30
フェティシズム
FETISHISM: BIZARRE GLOSSARY by KEROPPY MAEDA
数あるエロ用語の中でも、「フェティシズム」という言葉は特別である。なぜなら、「写真でオナニーする」行為の登場によって、エロ用語のひとつとして定着したものだからである。
20世紀は「見る」時代ともいわれ、写真の全盛期でもあり、また印刷技術の飛躍的な進歩により、写真を多用した雑誌メディアもピークを迎えた。それは、人間が「見る経験」をあたかもカラダで経験したかのように疑似化して、興奮してしまう知覚変換を身につけたからに他ならない。
そもそも、写真によるオナニーが普及し始めるのは、エロの「ピンナップ」が全盛期を迎える1910年代から20年代。この頃、第一次世界大戦を背景に、フランスで女を知らずに戦場に行く青少年たちに母親などがこっそりと「ピンナップ」を持たせるのが流行したという。当時の「ピンナップ」には、裸はなく、女が着衣のままで“如何にエッチに見えるか”が工夫され、奇抜な衣装や不思議なシチュエーションの写真が多く撮られていた。戦場という極限状態に送られた十代の男の子たちが、そんな屈折した「ピンナップ」でオナニーに耽ったことで、のちのフランスにおけるエロメディアの一時代が始まると言ってもいい。第二次大戦後になると、印刷技術の進歩により、グラビア印刷が可能となり、エロ写真は「ピンナップ」から、「エロ本」へとその活躍の場を移していくのだ。
視覚的なエロメディアは、映画やアダルトビデオなど、その形態はどんどん変化し、ビジュアル・イメージの洪水ともいえる80年代を経て、90年代に入ると、「フェティシズム」の一時的な復権が始まる。欧米では、エロ写真の世界を実践する生身の女の子たちが登場し、ある種「コスチューム」的な傾向を持つ「フェティッシュ」という言葉が導入され、視覚のエロが身体性を取り戻していった。一方、日本では、「フェチ」という言葉が「偏った性癖」を表現するものとして受け入れられていった。その流れは、「写真でオナニーする」ことを当たり前として育った世代が、いくらか「生身のセックス」への欲望に立ち返ったとでもいうべきか。
しかし、21世紀に入り、ネット情報の猛威の前に、エロの“無宗教”状態に歯止めがかからない。ノスタルジックに「フェティシズム」の世界に憧れるのは簡単だが、もはやそれでは本当に興奮できないのなら意味はない。「フェティシュ」がコスプレ化し、「フェチ」がオタク化した今、本当の意味で、拝んでみたくなるようなエロスのアイコンはないのか。改めて、「写真」にエロティシズムを発見することが「フェティシズム」だったとするなら、ある種の普遍的なエロスの可能性を標榜しつつ、エロの世界における新たな“イズム”の復権が求められていると思うのだ。
●「写真でオナニーする」行為がすでに「フェティシズム」なのである。その言葉の語源は「物を拝む」行為を意味しており、我々は写真の中の女を拝みつつ、その“宗教”的な興奮に神聖なる体液を放出していたのだ。
●典型的な「フェティシズム」に立ち戻るだけではもう興奮できない。本気でもう一度、「写真でオナニーする」行為を復活させるため、21世紀の新たなエロの“イズム”の復権を望む。それは一種の“写真論”でもある。
ケロッピー前田
1965年生まれ。身体改造、サイボーグ、人類の未来をテーマに取材を続ける。主な著書に「スカーファクトリー」(CREATION BOOKS)、監修DVD「ボディ・モディフィケーション・フリークス」(ワイレア出版)など。ツイッター「keroppymaeda」にて改造イベント情報など発信中。keroppymaeda.com
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