科学は死んだ!! 安全より経済効果を優先する「大義なき技術」の暴走

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ケロッピー前田 ARCHIVE

21世紀サイボーグ時代の到来 #39

WE ARE ALL CYBORGS IN
21ST CENTURY !! BY KEROPPY MAEDA




科学は死んだ!!
安全より経済効果を優先する「大義なき技術」の暴走








日本政府や大企業の連中が奨励する「ロボット」への幻想を打ち捨て、

僕らは自分たちの身体に快楽機械を埋め込み、

未知の感覚と英知を持った人間「サイボーグ」へと進化することを選択しよう。

これこそが僕らの未来だ!!









?「真理の探究」という科学のロマンは死滅、「金儲け」のためならどんな技術も許される「大義なき技術」の時代へ


「科学的な発見の大部分がすでに終わっている」という衝撃の事実が『科学の終焉(おわり)』という本で告発されていた。この本は、著者のジョン・ホーガンが、1989年から90年代半ばにかけて、ロジャー・ペンローズを始めとする多くの著名な科学者たちに直接インタビューして、「真理を探究するという科学」の終わりをレポートしたものである。この本の正しさを立証するかのように、90年代以降、ロボット技術やクローン人間がマスコミを騒がせるようになり、当コーナーで見てきたように、ゴールの見えない「技術」の暴走が始まっているのである。本当は実現不可能な人間型ロボットの研究開発は、結局、テロ対策の殺人ロボへと行きつくのか。実現不可能なクローン人間の技術は、結局、遺伝子操作動植物による生態系の破壊を招くのか。ホーガンの言う「科学の死」が、経済効果優先の「技術」の暴走を誘発しているように見えるのだ。「真理の探究」という「大義」を失った「技術」は、どこへ向かおうとしているのか。ここで言いたいのは、「技術」の否定ではなく、「技術」を企業や国家に独占させず、我々個人のために解放しようと言いたいのである。まずは、「科学」の死にざまを見ていこう。





?軍事技術と背中合わせだった「科学のロマン」



17世紀に始まったとされる近代科学は、18世紀のニュートンの万有引力の発見を経て、20世紀初頭のアインシュタインの相対性理論によってピークを迎える。科学において、物理学は「純粋科学」とも呼ばれ、「真理の探究」という「科学のロマン」の象徴となってきた。アインシュタイン以降も、量子力学から超ひも理論に至るまで、物理学は世界の天才たちがしのぎを削る人類叡智の最高峰とも言われてきた。しかし、「純粋科学」である物理学隆盛の背景には、第二次大戦以来の核兵器開発や宇宙開発があった。第二次大戦時にアメリカで行われた原爆製造計画は、「マンハッタン計画」と呼ばれ、アインシュタイン[注1]がアメリカ大統領に推薦状を送ったことから始められたものであった。アインシュタインはユダヤ人でナチス・ドイツ撲滅のために原爆開発を支持したわけだが、この計画は大勢の科学者たちが国の決めた目標を達成するために研究開発を行った初めてのケースで「巨大科学」と呼ばれた。巨額の研究費を使った軍事技術は、宇宙開発や核開発を通じて、戦後50年の純粋科学の発展において、膨大な宇宙のデータや原子素粒子レベルのデータを提供し続けてくれた。ご存知の通り、宇宙開発とは、地球上のどこにでも核ミサイルを落とせる技術の開発だったわけであるし、原子の構造の解明がなされたのは、核兵器開発と関連して高速加速器が建設されたからである。しかし、軍事技術と背中合わせに進んできた物理学の「科学のロマン」も、1989年の米ソの冷戦の終結によって、停滞を余儀なくされたのである。


アインシュタイン以降、物理学者たちは、統一理論[注2]の確立に多くを費やしてきた。それは、宇宙において成り立つ理論と、微少な素粒子レベルで成り立つ理論を一つの数式に統一できないものかというものであった。そして、1993年、アメリカで建設中であった円周約90キロメートルのSSC(超伝導大型加速器)の計画がアメリカ議会の決定で中止されることになったとき、統一理論のために準備された数々の仮説を立証するため手段はなくなってしまったのだ。この一件は、物理学という「科学のロマン」におけて、いいわけのきかない挫折であった。


そして、もう一つ、90年代に科学の死期を早めてしまったものに、コンピューター・シュミレーションがあった。物理学を始め、生物学の世界でも、膨大な予算がなければできない実験を、仮説だけをもとにコンピューター上でシュミレーションすることが頻繁に行われるようになった。しかし、実証的な実験データのないままの仮想的な研究が、科学研究の手法として受け入れられてしまったことが、「真理の探究」を目指す科学をますます空回りさせる結果となったのだ。





[注1]アインシュタインの相対性理論は、E=mc2という綺麗な数式に象徴される「科学のロマン」の頂点だった。その理論は、物質(m)はエネルギー(E)に変換し得るということを意味していたが、その仮説は皮肉にも原爆の製造成功によって立証された。



[注2]長年、物理学者が追い求めてきた統一理論。これは、宇宙の理論と、素粒子などの微少の世界の理論を統一できないかという問題だったが、それが不可能だとわかって以来、科学という大義は力を失い、技術のみが経済効果に引っ張られるままに暴走を始めている。







?「大義なき技術」の暴走が戦争を誘発した



2004年末、アメリカでイラク戦争が「大義なき戦争」であった[注3]と、ブッシュ政権への非難が噴出している。イラクの戦後処置に難航し、自国の兵士たちの命と膨大な国家予算を失い続けているアメリカの現状を見るなら、イラク戦争が「石油」や「経済的な利権」といった経済効果を目論んで行われたものとは考え難い。それでも、イラク戦争が最新の軍事技術の大実験場となった事実から考えると、国家や政府ですら「大義なき技術」の暴走を止められなかったのかと思われるのだ。
 

「科学」という「大義」を失った今、「技術」だけが、ただ経済効果に引っ張られるままに、ひたすら前進し続けるような状況ができあがったのだ。「技術」を我々個人のために取り戻すためには、「真理の探究」という「科学のロマン」の代わりに、「僕らの夢と快楽」という「大義」をかざし、サイボーグ時代を受け入れなければいけなくなるだろう。



[注3]イラク戦争において、アメリカの軍事産業も「大義なき戦争」を後押しした。ブッシュ政権が崩壊しただけでは「大義なき戦争」を終わらせることはできない。経済効果優先で研究開発が進む「大義なき技術」こそが、数々の殺人兵器を生み出し戦争を誘発したのだ。




※『裏BUBKA』2005年1月号掲載