ヒロイン手帖 その14
北川昌弘
美少女は劣化する、だが悲しむな
文/荒玉みちお 構成/うぶモード特ロリ班
今回の取材の目的は「アイドル好きってロリコンじゃないのか」という仮説を検証することにあった。ここ数年、メディアで報じられるアイドルを取り巻くニュースの光景が、30代40代の男たちを相手に引きつった笑顔で握手している幼いアイドルたち……という絵図にしか見えなかったからだ。
そんな理由で、アイドル研究家の北川昌弘氏にお越し頂いた。申し訳ない。北川氏はその世界(アイドル界)では超がつくほどの有名人だ。1985年に『TPランキング』という独自のアイドルランキングの作成を開始し、1988年に『NIPPONアイドル探偵団』(宝島社)を出版、それ以降2004年まで続いたロングセラーのシリーズ本の中心にいた人物なのである。
【NIPPONアイドル探偵団2001】
個人的趣味でランキング作成を始めた85年当時は20代後半だった北川氏だが、月日は流れ、現在50代前半。今でもアイドルのイベント取材など精力的に活動をこなしている。まずはズバリの質問。北川さん自身、ロリコン的な嗜好は持っているのだろうか?
「そう聞かれると、嫌いではないですよと答えるしかない(笑)。日本の場合はロリコンと言っても幅が広いですよね。だからそういう意味で。でも外国だと、ほとんど犯罪者扱いでしょう。さすがにそれは違うと言いますけど。原則的にはどんな年齢の人でもOKなんですよ。下はどんな若くても、かわいければOKだし、上も」
北川氏が作るランキングには、オーバー25歳の枠があり、熟女系の女優も多く入っている。
「昔は八千草薫も入れてました。下も、メディアに顔を出して活動していれば対象です。最近は芦田愛菜とか、ヤバイなと」
“ヤバい”というのは“胸きゅん状態に陥りそうだ”という意味だと勝手に解釈しよう。芦田愛菜というのは小学1年生の子役。アイドル好きになったきっかけは?
「いわゆるアイドル的なものにハマッた最初は、キャンディーズのミキちゃんですね。遡ると中山千夏とかいるんですけど。中学生くらいにハマッてました。当時『ひょっこりひょうたん島』の博士の声をやっていた人で、挿入歌もうたってた。その後、政治的なこともやる人だということがわかり、凄いなと憧れました」
70年代の絶対的アイドル・キャンディーズ。ランでもスーでもなく、ミキというところにマニアックな香りが漂う。
「それから原田知世とか内田有紀とか。どっちかというと髪の毛の短いボーイッシュ系ですかね。前田愛が出てきたときはびっくりしました。これだ! と。最近だと小池里奈、つい最近になって沢木ルカが出てきた。これがまた少年みたいで、ヤバいんです。直近だと、2011年の一押しアイドルを聞かれて、未来穂香(みきほのか)って答えました。だから……僕がハマッたときの彼女らの年齢を考えれば、前田愛が小6、小池里奈も小6……ですからね。そっち系(ロリコン)と言われても否定はできない」
流れで「ずっとアイドル好きなんですね」と勝手に納得。すると北川氏は「いや」と否定した。
「アイドル好きなのか? と聞かれると、究極のところ、実はそれほどでもないようなんです。僕が本当に好きなのは、実はランキング作りなんだなと、最近自分のことがわかってきた(笑)。今は仕事でアイドルに実際に会ってインタビューしたりしてるけど、個人的に会いたい、握手したい、なんて意識は特にないんです。あれこれ質問してアイドルの内面を知りたいとも思わない。けっきょく、メディアを通して見えている部分についての興味だけなんです」
なるほど、アイドルは偶像で十分という正統派か。今度の納得はたぶん正しい。一般的に、アイドル好きとロリコンは結びつくものなのだろうか。
「僕はまあ普通よりはロリだとは思います。だけど、アイドル好きの全員がそうかと聞かれると、わからない。様々ですからね。一般のアイドル好きの人はもっと狭いと思いますよ。単純にAKBが好きとか。たまに僕みたいに何でも好きって人もいますけど」
アイドル好きには何歳になっても10代のアイドルだけをとっかえひっかえ好きになる人もいる。極端に、子役専門とかも。
「もともとはメディアを通してアイドルを好きになる……同年代のアイドルに疑似恋愛する……というものだったと思うんです。だけどおニャン子ブームのあと、冬の時代が来た。新しいアイドルファンが入ってこなくなったんです。結果、おニャン子のファンがそのまま持ち上がり、疑似恋愛から、“理想の妹だ”みたいな見方が出てきて。アイドルとの関係をそんなふうにしていくと、何歳になっても見れちゃうんですよ。だから僕の例でいうと、中山千夏は憧れのお姉さん、ミキちゃんは理想の恋人、原田知世はかわいい妹、前田愛はこんな子供がいたら、未来穂香は……かわいい孫か(笑)。よく“息子の嫁にしたい女性タレント”みたいなものがあるけど、けっきょく、そういうことなんですよ。何でも対応できる。そういう層がいる一方で、確かにU-15専門とか子役専門とかいるかもしれませんけどね」
アイドル冬の時代……。その一因には宮崎事件もあるという。
「おニャン子ブームが来てアイドル界が盛り上がったのが85年から87年。その直後に宮崎事件が起きた。事件が88年から89年、裁判の期間も含めたら90年代まで大騒ぎになった。その時代の若者に“アイドルおたくはかっこ悪い”というイメージが出来上がってしまったんですね。社会的にも嫌悪感が根付いた。ちょうどその頃、テレビゲームが急速に普及した。アイドルを追っかけるよりも、こっちが楽しいという若者が増えた」
そういう時代にアイドル界を支えたのは安達祐実だ、というのが北川氏の持論だ。
「安達祐実がいなければ、今のアイドル界はないですよ。彼女が出てきたとき、アイドル界は冬の時代で、産業としてまったく機能していなかった。そんなとき、安達祐実がテレビで活躍する。主演ドラマが視聴率1位になる。結果、同世代の女の子たちに“私もテレビに出たい”と憧れを抱かせた。アイドルというポジションが輝いていなかったら、誰も目指しませんよね。安達祐実がいたから、その後のアイドルが出てきた。そこまで言えると思います」
あえて聞かずとも、安達祐実が北川氏の個人的な嗜好からは微妙にズレているのはわかる。しかし貢献度は高く評価する。
「安達祐実は冬の時代を支えただけでなく、子役のポジションも変えた。安達祐実があそこまでブレイクしたから、大手プロダクションも子供タレントを抱えるようになった。それまでは子役は子役専門の事務所、というのが慣例でしたからね。とにかく安達祐実が芸能界でやったことは凄いんです」