ソドムの百二十冊 樋口ヒロユキ 010

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第十回

宇月原晴明 『信長?あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』



「エラい人」はあくまで「エラい人」であって、「エロい人」であってはならないというのが、現代社会の建前である。だが、歴史を遡れば遡るほど、ワガママ放題の「エロくてエラい権力者」は無数にいて、暴虐の限りを尽くしていた。サド侯爵にジル・ド・レ公、カリギュラ帝や暴君ネロ。前号に紹介したヘリオガバルス帝も、そんな「エロくてエラい権力者」の一人であった。


 ヘリオガバルス帝は女装して全裸で踊り狂ったばかりか、男娼として売春行為に明け暮れ、巨根の持ち主かどうかで役人の位を決め、男根状の隕石崇拝を強要した。この、あまりに常軌を逸した振る舞いのため、帝は便所のなかで虐殺され、バラバラにされて下水溝に捨てられたのである。


 この話は多くの作家たちの琴線に触れるらしく、古くはアントナン・アルトーに始まって、澁澤龍彦や飴屋法水、古屋兎丸といった作家たちが、ヘリオガバルス帝の逸話をもとにした物語を綴っている。作家の宇月原晴明による『信長―あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』も、そんな作品群の一つである。


 ……と、このように書くと、いぶかしく思う読者も多いだろう。ヘリオガバルス帝の話なのに、なぜタイトルは『信長』なのか? そう、この小説は、織田信長がヘリオガバルスの後継者であったとする、奇想天外な物語なのである。


 同書によれば、ヘリオガバルス帝が信奉した男根状の隕石は、古代シリアで崇められた牛頭人身の神、バール神の象徴であったという。のちにバール神は訛った名前で呼ばれだし、ベルゼブブやバフォメットなど、悪魔と同一視されるようになる。これが日本に辿り着いたのが「牛頭天王」と呼ばれる神であり、織田信長はこの牛頭天王を信奉したばかりか、みずから第六天魔王、すなわち悪魔であると自称していた、というのである。


 実際、ヘリオガバルスと信長には、共通項が少なくない。一つは、旧来の宗教体系に対する、徹底的な侮蔑と破壊行為である。ヘリオガバルスはローマの神々の像を、徹底的に破壊したし、信長は各地の仏教教団を焼き払い、幾千人もの僧侶を虐殺したからだ。


 もう一つは両者に共通する、同性愛的で両性具有的な傾向である。ヘリオガバルスは男根状の巨石を崇めたが、若き日の信長もまた、浴衣の背中に巨大な男根を描き、好んで身にまとっていた。ヘリオガバルスは男色家であったが、信長もまた衆道を嗜み、両者ともに女装を楽しんだ美青年だった。つまり、旧来の価値観を徹底的に蹂躙し、性的逸脱を謳歌する「エロくてエラい権力者」であった点で、両者は極めて似ていたのである。


 さて、虚実皮膜のあいだを遊ぶ本書について、史実との異同を云々するのは野暮だが、いちおう事実関係を振り返ろう。


 ヘリオガバルスがバール神を、織田家が牛頭天王を信仰したのは史実どおり。だが「バール=バフォメット=牛頭天王」の等式は少々苦しい。バフォメット神の起源や、バールにつながるかどうかは不明だし、牛頭天王も外来起源の「異神」である点までは事実だが、その起源はインド、中国、朝鮮起源など諸説あり、正直、不明というのが実態だ。だいいちバフォメットの頭は山羊であり、牛頭天王との同一視には無理がある。


 このほか、キリスト教化される以前のローマ帝国では、同性愛はタブーではない。これは戦国期の日本でも同様で、信長以外にも信玄や謙信など、多くの武将が衆道愛を楽しんでいる。単に同性愛を実践したからと言って、信長とヘリオガバルスの関係のみを、特別視して直結はできまい。


 ただし、実はこうした強引な短絡こそが、本書の伏線になっている。本作においてヘリオガバルスと信長の謎を追い、この強引な推理を展開する主人公はアントナン・アルトー。戦前に実在したフランスの劇作家であり、ヘリオガバルスの伝記の作者。しかも狂死したシュルレアリストであったことは、本誌前号でも紹介したとおりだ。


 この物語はアルトーの推理を追う物語と、アルトーの手になる信長の伝記が、カットバックしながら進んでいく。ところが、そんなアルトーの前に、ナチスのSSやSA、オカルト局が立ちふさがる。そこに謎の日本人の出現も絡み、謎が謎を呼ぶ展開で、あっと驚くラストへ続くが、そこは伏せておくのが礼儀だろう。


 かつてユーラシア大陸の東と西に、暴力と性の祭典をこよなく愛する、異形の権力者がおり、両者ともに旧来の宗教体系を破壊し、エロティックな新宗教を強要した。だが、一人は便所で惨殺され、一人は部下に裏切られて、いずれも非業の死を遂げた。エロスと権力が交わるところ、そこには必ず悲劇が生まれる。狂気の劇詩人、アルトーは、このエロスの悲劇に魅入られていったのである。







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#22【信長あるいは戴冠せるアナーキスト】
(著)宇月原晴明




樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

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