ソドムの百二十冊 樋口ヒロユキ 011

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第十一回

網野善彦 『異形の王権』

笹間良彦 『性の宗教 真言立川流とは何か』



 英雄色を好むのは古今東西、どこの国でも同じようで、たとえばかの信長公は、巨大な男根を描いた浴衣を愛用し、衆道愛を好んだ暴君であった。だが、衆道愛は武田信玄や上杉謙信も楽しんだ、いわば戦国のたしなみの一つで、女性を同伴できない戦場での「代用愛」の側面が強い。


 では、本邦史上最高にエロい権力者とは誰であったか。半世紀以上にも及ぶ南北朝動乱を引き起こした張本人、かの後醍醐天皇こそ、我が国最強の「エロい権力者」であらせられたと私は思う。


 歴史学者の故・網野善彦の手になる名著『異形の王権』は、そんな後醍醐帝の示してみせた、特異なエロスに迫った一冊である。実は後醍醐天皇は、現在も続く「無礼講」なるものを始めた最初の人だが、後醍醐帝が夜な夜な開いたこの無礼講、男女を問わず全裸となり、放歌高吟して夜通し遊び惚けるという、ほとんど乱交パーティーのようなものだったらしい。


 また後醍醐帝は、夜ごと密教の僧服に身を包み、神像に祈りを捧げたことでも知られているが、この神像がまたすごい。「双身歓喜天」と呼ばれるこの神像、ゾウの頭をした男神と女神が、性交する姿を描いたものなのだ。


 ゾウの頭は男性器に似ていて、それが交わっているだけでも、既に異様なエロさを感じさせる。しかも二人の神が絡み合って屹立する、この神像のシルエットは、怒張したペニスそっくりなのだ。後醍醐帝はこの珍宝に、夜な夜な油をかけ回し、護摩を焚いて祈ったという。鬼気迫る話である。


 とはいえ後醍醐帝が開いた無礼講は、単に遊びの飲み会だったわけでなく、敵と闘う方策を練る作戦会議でもあった。また、夜な夜な油まみれの珍宝に祈ったのも、敵の殲滅を願う呪術的行為だったという。つまり後醍醐帝にとってのエロスとは、単に快楽を貪るためのものでなく、怨敵への呪術的攻撃をくわえるための秘儀だったのだ。


 しかも、後醍醐帝は単に自分の思いつきで、こうした呪法を行ったわけではない。帝はそのブレーンとして、一人の怪僧を重用していた。密教宗派「真言立川流」の、中興の祖とされる僧侶、文観である。


 真言立川流は我が国最悪の邪教として、その教典がいっさい燃やされてしまった、カルト的な教団である。在野の風俗史家、笹間良彦『性の宗教 真言立川流とは何か』 によると、男女が合一した姿こそ悟りの境地であると説く、異端的な宗派だったらしい。


 立川流は、先に紹介したゾウの姿の歓喜天のほか、キツネに乗った女神のダキニ天を信奉し、性的ヨーガを修行に採り入れてもいた。ゾウやキツネといった異形の神々を前に、日夜セックスに明け暮れたのだ。


 しかも真言立川流では「髑髏本尊」なる異様な仏像を作り、夜ごと仏前でセックスしながら、祈りを捧げていたともいう。髑髏本尊とは死者のドクロを墓場から掘り起こし、男女の淫水で百二十回塗りかためたもの。この本尊を作る際には、常にその前で性交しなければならず、完成すれば生者のように口を開き、未来を語ると信じられた。


 後醍醐帝のエロス崇拝は、単に自分の趣味としてホモセクシュアルに走った戦国武将たちとは違って、エロスをそのまま政治的権力の源泉として、応用しようとするものだった。こうしたエロスと権力の直結の例は、カノヘリオガバルス帝を除けば、後醍醐帝くらいしか思い浮かばない。


 我々の住む現代社会は、エロスと権力とを遠ざけて、エロスを日陰の存在にしてしまった。だが、かの後醍醐天皇は、エロスを権力の基盤に据えようとした、空前絶後の天皇であらせられた。網野はこの点を評して、後醍醐は日本社会の深部に呪術的エロスを突き刺した、異形の王権であったと述べた。


 帝はこのエロティックな秘教を奉じ、武士政権殲滅に挑まれた。もし後醍醐帝が天下を取り、そのまま天皇親政をお続けになっていたら、この異様な宗教は、日本の国教にまで登り詰めたかもしれない。


 だが、いったんは幕府討滅に成功され、建武の新政を天下に号令された後醍醐帝であったものの、帝の天下は三年と持たなかった。結果、立川流の僧侶はことごとく殺害されて教典は燃やされ、帝も奈良の吉野で、細々とひきこもることを余儀なくされる。これ以降日本の社会は、京都と奈良に二つの皇室が同時に存在する、南北朝の動乱時代に、突入していくことになる。


 後醍醐帝は世界的に見ても稀なほどに、権力の中心にエロスを導入した帝であらせられた。だが、そのエロスの王権は、我が国に皇室が二つ並び立つという、巨大な動乱をもたらした。エロスと権力が交わるとき、それは世が乱れ社会が転変する、まさに逢う魔が刻であるのかもしれない。








51X3CE1GVSL._SS500_.jpg#23【異形の王権】 (著)網野善彦eso565.jpg#24【性の宗教 真言宗立川流とは何か】 (著)笹間良彦




樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟