ソドムの百二十冊 樋口ヒロユキ 014

000

sodom_top.jpg



第十四回

美川圭 『白河法皇--中世をひらいた帝王』

角田文衛 『待賢門院璋子の生涯--椒庭秘抄』



 偉い人はエロい人であってはならない、というのが、現代社会では不文律となっている。こうした掟を公然と破る権力者が現れるとき、往々にして世は大いに乱れ、体制は瓦解していくことになる。


 前回の本欄では、遊里に遊んで男女両色を貪りつつ権謀術数を弄し、結果として平安末期の大乱を巻き起こした、後白河院を紹介した。だが、この時代に乱れた性を楽しまれた天皇は、後白河院ばかりではない。当時、貴族はいずれもバイセクシュアルであり、自身の権力の強化のために有力者と同衾し、目下の政敵や同胞を犯していた。つまり当時の貴族たちは熾烈な権力ゲームの一貫として、性を貪っていたのである。


 平安末期のこの時代は、別名を院政期といって、性の乱れが政治の乱れを生み、政治の乱れが性の乱れを巻き起こした、性と政の動乱期であった。この時代は筆者にとって興味深いので、今回も引き続き院政期の天皇をご紹介したい。今回ここでご紹介するのは、後白河院を遡ること約八十年前にお生まれになった、白河院の生涯である。


 この白河院という方は、時の天皇を差し置いて、何ごとにおいても独断専行される、唯我独尊の専制君主であらせられた。現在でも小沢某のように、総理大臣の頭越しに権勢を振るうことを「院政」というが、こうした院政の元祖こそが白河院であった。院は旧来の身分秩序を軽んじ、「大田楽」という庶民のカーニバルに熱狂し、男女両色に溺れて人を好き嫌いで判断し、結果、お気に入りばかりを重用されたのである。


 なかでも中宮、つまりは皇后が亡くなられて以降の白河院は、ありとあらゆる女性に手をお出しになった。最後はご自身でも誰と寝たのか思い出せないほどで、その落しダネはあまねく天下に散らばった。かの平清盛も、そんな私生児の一人である。


 また、院は亡き妻の妹であった、源師子(みなもとのもろこ)という女性にも手を出しているし、下級官吏の人妻であった、祇園女御(ぎおんにょうご)という女性にもお手をつけられている。この女御を手に入れるに際しては、院は女御の夫を島流しにしたというから、無法なまでの横暴である。


 そればかりか白河院は、祇園女御の養女であった、璋子(たまこ)という少女にもお手をつけられている。院と璋子は血縁こそないものの、両者は義理の父と娘という関係であり、人倫に背く交わりである。しかも還暦前後だった院に対し、璋子は当時十歳前後。四十八歳も年下で、異常な関係というほかない。


 とはいえ、児童への性的虐待のようにも見えるこの関係、実は院の方こそ璋子に振り回されていたのだ、とする見方もある。というのもこの少女、白河院と関係を続けながら、同時に琴の家庭教師や、三井寺の坊さんとも密通を続けていたからである。


 この淫蕩なるロリータ、璋子に手を焼かれた白河院は、こともあろうにこの少女を、自分の孫に嫁がせてしまう。祖父の愛人を娶ってしまった、孫の鳥羽天皇こそ良い面の皮である。しかも璋子は嫁いで来て以降も、頻繁に祖父と会っているのだ。やがて璋子は子を生むが、この子は白河院の子ではないかという疑念が、鳥羽の脳裏から離れない。鳥羽はこの不義の子、のちの崇徳天皇を、終生忌み嫌われるようになる。


 こうした血と因縁のもつれは、その後もこじれにこじれ続け、戦乱の火種となっていく。結局、戦に敗れた崇徳は流罪。四国、讃岐の流刑地で、自ら舌を噛みちぎった崇徳院は、流れ出る血で呪いを綴ったという。最期は生きながら怨霊になったとも、暗殺されて果てたとも言われ、その呪いは後々まで、都に祟りをなしたそうである。


 このように四代、五代に渡って、凄まじい愛憎劇が繰り広げられたのが、院政期という時代である。こうした異様な時代の起点は、白河院が耽った老いらくの恋、なかんずく魔性のロリータ、璋子との異常な性愛にある。権力者がエロスに走ると、ロクなことにならぬという見本であろう。


 こうした強烈な個性が災いし、白河院の生涯については、長らく本格的な評伝がなかった。歴史学者の美川圭による『白河法皇--中世をひらいた帝王』は、そんな白河院の一生について、各種の学説を踏まえて綴った一冊。毀誉褒貶の激しいこの人物の功罪を、ニュートラルな視点で描いている。


 いっぽう魔性のロリータ、璋子については角田文衛待賢門院璋子の生涯--椒庭秘抄』が詳しい。オギノ式の生理周期を根拠にしながら、崇徳院が白河院の落としダネであったことを実証するくだりは、その緻密な分析に唸らされる。そのいっぽうで同書には、ときとして史料から離れ、各人の心理のヒダに肉薄する部分も多い。緻密にして大胆なその筆致は、院政期のエロスの深みを、読む者に伝えてくるのである。








410FDQY5EXL._SS500_.jpg#28 【白河法皇--中世をひらいた帝王】 (著)美川圭41WWGVF26TL._SS500_.jpg#29 【待賢門院璋子の生涯--椒庭秘抄】 (著)角田文衛




樋口ヒロユキ

サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『 死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学 』(冬弓舎)。共著に『 絵金 』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。

【HP】樋口ヒロユキ

【ブログ】少女の掟