第二十九回
西尾康之『健康優良児 {EROS}』
根岸鎮衛『耳袋(みみぶくろ)』
★縄文に彩られた怪物的女性像
表紙に印刷されているのは、二人の少女の像である。ひょっとするとシャム双生児ででもあるのだろうか、顔と顔を寄せあって、ぴったり離れず密着している。だがこの作品で異様なのは、首から下の有様だ。そこには縄文式土器のような文様が、うねうねと刻まれているからである。しかもその文様をよく見れば、腱や鎖骨、肋骨などを示すようだ。まるでこれでは解剖図ではないか。
この異様な作品、タイトルは《ジッパー付き友達》、作者は西尾康之という。西尾は一九六八年生まれのアーティストで、こうした特異な彫刻を数多く手がけてきた。ここに紹介する『健康優良児 {EROS}』は、そんな西尾の作品の中からエロティックなものに焦点を当てた作品集である。
本書のなかでも目を引くのは、巻末近くに登場する巨大彫刻《crash セイラ・マス》である。アニメ「機動戦士ガンダム」に登場するキャラクター、セイラ・マスを彫像にした本作は、全長六メートルにも及ぶ巨大なもの。二〇〇五年の展覧会「GUNDAM?来たるべき未来のために」で初めて展示された作品だが、四つん這いで牙を剥き、襲いかかるかのようなポーズをとっている。このセイラ・マスというキャラクター、原作のアニメではいわゆる「正義の味方」の一員という設定なのだが、どういうわけか作者の西尾は、凶悪な怪獣のような像に仕上げてしまった。
しかも本作にはもう一つ異様な点がある。本作もまた表紙の作品同様に、縄文式土器のような文様で全身が隈なく覆われているのだ。首周りも胸元も腹部も股間も、およそ隈無く縄文で埋め尽くされ、女陰部も病変したかのようなウロコだらけ、襞だらけになっている。そしてこの彫像の腹部には、ぽっかりと穴が空いており、そこには操縦席がしつらえられているのである。
本来は人間のキャラクターであるセイラ・マスの腹部に穿たれた操縦席は、ガンダムなどのアニメによく登場する、ロボットの操縦席のパロディーでもある。だが、臓物にも縄文式の文様にも見えるこの露出した空虚は、この作家が女性の「内部」に対して持つ、強迫観念の表出でもあるようだ。
全身を覆うバロック的な襞やシワ、見る者を飲み込むかのような巨大なサイズ、怪物的なその容貌。本作は、もはや人気アニメのキャラクターというより、作家の女性への強迫観念が怪物の形をとったもの、と見た方が良いだろう。女性への恐怖と賛美が綯い交ぜになって巨大化したもの、それが《crash セイラ・マス》なのである。
★都市を破壊する巨大な女性たち
こうした西尾の彫刻は「陰刻彫刻」という特異な技法で作られている。ふつう彫刻は粘土などで立体を作り、この粘土像から石膏などで凹状の雌型を作って、そこにブロンズなどの金属を流し込んで彫刻を作る。ところが西尾の陰刻は、もとになる立体の粘土像を作ることなく、最初から凹状の雌型を粘土で作り、そこに金属を流し込んで作る。つまり彼は立体作品ではなく、凹凸の反転した雌型、巨大な凹状の窪みを作っているのだ。
このためセイラ・マスのように巨大な作品になると、西尾は雌型の内部に入って作業することになる。縄文式の肉襞模様は、女性の胎内を這い回りながら、西尾が一本一本刻み込んだものなのである。その強迫観念的な繰り返しは、作者の胎内回帰願望と同時に、この作家が胎内回帰的な現象に対して、なにか激しい恐怖心を感じているのではないかと感じさせるものがある。
本書にはこの陰刻彫刻のほかに、巨大化した女性がビルを踏み潰す油彩画のシリーズも紹介されている。「嬢巨大化為正義」と題されたこのシリーズでは、スレンダーな体型の女性像もあるが、その多くはむっちりした体型で、いずれも情け容赦なく都市を破壊している点では共通している。
ぴったりしたラバー製の黒いビキニに身を包み、巨大な尻でビルを叩き潰すグラマラスな白人女性。競泳用水着に身を包み、はにかみながらもビル群を破壊するショートカットの日本人女性。あるいはアイドル歌手、鈴木あみそっくりの巨大な女性が、ビル群を踏み潰す作品もある。セイラ・マスの作品とも共通する、この巨大な女性へのオブセッションは、一体何を物語るのだろう。
ごくマイナーな性的嗜好の一つにヒロインピンチ、略して「ヒロピン」というものがあるらしい。特撮ものなどのヒロインが拷問にあう場面などを見て、性的興奮を感じるという嗜好だ。言うまでもなくヒロピンはサディズムの一種と考えることができるが、西尾の作品からはヒロピンとは逆の、女性への賛美とも恐怖ともつかないマゾヒスティックな性的嗜好が伺える。
しかもこの連作のうち幾つかには、どういうわけか解剖図のように、女性の内部が描かれている。ここに描かれる巨大な女性は、ある者は内臓をさらけ出し、ある者は筋繊維を剥き出しにして、家屋やビル群を破壊しているのだ。ここにも西尾康之の抱く女性の「内部」への強迫観念が伺える。
★ヴァギナ・デンタータと西尾康之
西尾の作品は奇抜だし、奇抜であればこそ美術作品として成立している。だが、そこに描かれている女性への恐怖=憧憬は、実は意外に普遍的な感情であるように思う。嘘だと思ったら男性読者は、胸に手を当てて考えてみるといい。男性だったら一度や二度は、女性という存在に対して、いや、女性器というものに対して、言いようのない恐怖を感じたことがないだろうか。
男性は性交時には否応なく、女性の肉体の中へと自分の一部が飲み込まれる体験をしなければならない。それは一面では甘美で心地良い体験ではあるものの、他者の肉体に飲み込まれる体験に、一抹の恐怖を感じたことはないだろうか。あるいは「もしこれが抜けなくなったら」と、不吉な想像を巡らしたことがないだろうか。
実際、女性器に歯を生やした妖怪、すなわち有歯ヴァギナ(ヴァギナ・デンタータ)の伝説は古来あり、世界にあまねく存在している。我が国では江戸時代の旗本・南町奉行であった根岸鎮衛が書いた怪談実話集『耳袋(みみぶくろ)』にこの種の話が紹介されているし、同様の話はアイヌや台湾、ポリネシア一帯にも広がるほか、欧米圏にも数多く存在するという。女性器への恐怖は普遍的で、根深い感情なのである。
怖いからこそ魅せられる、魅了されるからこそ恐怖を感じる。恐怖と憧れが綯い交ぜになった逆強姦願望にも似た感情。西尾康之の作品にはそうした混沌とした感情が、縄文を描いて渦巻いているのだ。
ちなみに西尾康之には、本書と対になった『西尾家之墓 [TANATOS]』という作品集もあり、こちらではホラー映画『リング』に想を得た、墨絵の幽霊画が多数収められている。古来我が国では幽霊と言えば女性と相場が決まっているが、西尾もまたそうした我が国の恐怖芸術の伝統を、無意識に踏まえた作家の一人と言えるだろう。
西尾康之『健康優良児 {EROS}』
根岸鎮衛『耳袋(みみぶくろ)』
樋口ヒロユキ
サブカルチャー/美術評論家。専門学校、美大などで講師を務める傍ら、現代美術とサブカルチャーを幅広く紹介。1967年福岡県生まれ、関西学院大学文学部美学科卒。単著に『
死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学
』(冬弓舎)。共著に『
絵金
』(パルコ出版)、『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)など。
【HP】樋口ヒロユキ
【ブログ】少女の掟